このモンスタークレーマー幼馴染が凄い 3




 食べ過ぎた。


 今のところ標準体重ではあるが、ダイエットの五文字が頭をよぎる。

 お腹もそろそろ限界で、持ち帰るか残すか思案しながらトイレへ行く。


「しかし、これで機嫌が直ってたら良いんだがなぁ」


 そんな裏切られそうな期待を呟く。

 そして、俺がトイレから戻ったときのことだった。


 がしゃん、という耳障りな音が店内に響き渡った。

 見なくても何が起きたかはわかる。皿かティーカップを落として割ってしまったのだろう。

 よくあることだ。


「あんた何やってんのよ! これどーすんのよ!」


 そして、よくあることが不幸を招くのも、よくあることだ。

 それをフォローする俺の行動も、残念ながらよくあることだ。


「どうした」

「どうしたもこうしたもないわよ! 見なさいよこれ!」


 どうやら、アルバイトの女の子が転んでしまったらしい。

 そして持っていたコーヒーがこぼれて華の靴を汚していた。


「怪我はないか?」

「ないわよ!」


 そこで俺に怒らんでくださいよ。


「服は汚れてない? 靴だけか?」

「そうよ! でも一歩間違えたら大怪我してたでしょ!」

「まあ、うん、そうだな」


 俺の曖昧な頷きに、店員がこの世の終わりのような顔をする。

 いやわかってくれ、ここで反論したらますます華の行動は過激になる。

 今なだめるから。


「まあまあ、それより新しくオープンした百貨店があるだろ。そこで……」

「行かない」

「あ、そ、そうか」

「そこ、パパが直接関わってるから」


 う、しまった。


 華は父親や家の名前を出して他人にマウンティングなどしない。それは単に自尊心の問題だけではなく、嫌いな人間……家族に頼りたくないためでもあるのだ。特に、父の名前が出ている会社は蛇蝎の如く嫌っていた。兄とは仲が良いらしくたまに雑談で名前が出る。母のことはあまり出ない。父は、財界人として有名なので嫌でも目に付き、目に付く度に華は機嫌が悪くなる。地雷ポイントなのだ。


「じゃ、じゃあ……」

「ていうかさ、私、今大事な話をしてるのに、『それより』って言った? なに? 私の言うことってそんなに小さいの? バカにしてるの?」

「いやまさか」

「良いからちょっと黙って。あんた、上の人呼んできて」


 バイトの子は半泣きの状態で頷き、バックヤードへ戻っていく。

 恐らくトラブルの空気を察していたのか、店長らしき中年の男性がやってきた。

 最初から降伏ムードの表情だ。


「申し訳ございません」

「こいつ使えないわ。クビにしなさいよ」

「おい華、そりゃおかしいぞ」


 流石にこれは一線を超えている。

 俺は怒られるのを承知で華の肩を掴んだ。

 その瞬間、見事に手首を外された。

 俺の手がぷらんぷらんしている。


「うわっ、おおっ、痛あっ!?」

「バカ、勝手に触るんじゃないわよ! 反射的にやっちゃうでしょ!」


 そして再び俺の手を掴んで外した関節を元に戻した。

 一瞬痛みが走るが、元通りに戻った。


「お、お、お前、どこで覚えたんだよ?」

「痴漢対策」

「そうか……いるんだなそんな奴」

「いたわよ。二ヶ月前に」


 二ヶ月前。

 それは俺のいなかったタイミングだ。


 基本的に金魚のフンの如く華に付き従っている俺だが、一時的に離れている期間があった。短期留学の選考に受かり、自分の高校からしばらく離れていたのだ。行く前には盛大に文句を言われ、戻ったときも盛大に憎まれ口を叩かれたものだ。だがまさかそんなことがあったとは。今までおくびにも出さなかったのに。


「ごめん」

「ごめんで済まないわ。……不愉快よ。もう行く」

「ちょ、待ってくれ」


 華が立ち上がって店長に諭吉を叩きつけた。

 そして自分のバッグもコートも持たずに出ていこうとする。

 俺はそれらを拾って追いかける。

 華は俺の方を振り返りもせず、店長に捨て台詞を残した。


「次来たときにこいつがいたらタダじゃおかないわよ」


 俺は、葬式のような顔をした店長とバイトから目をそらす。

 本当ごめんと心の中で詫び、華を公園へと連れて行った。


「ちょっと落ち着こう、な」

「うるさい」

「すまん、ただ一つだけ聞かせてくれ」

「なによ」

「模試、悪かったのか」

「ハァ? 私を舐めてんの。一位よ」

「一位って……え、全国で?」

「仮にたかだか県一位程度だったとして、いちいち言うわけないでしょ」


 そうでもないが。

 という言葉を飲み込む。


「……すごいな、そりゃ」

「幾ら凄くったって意味がないのよ!」


 重い荷物の入ったトートバッグが鎖分銅のように振り下ろされた。

 遠心力を威力に変えて俺の頭に襲いかかる。

 つーか重いな。

 一体何が入ってるんだよそれ。


「痛い」

「私はもっと傷付いたのよ!」

「いや、その、何があったのか言ってくれなきゃ困る。教えてくれ」

「そのくらい想像しなさいよ!」


 額が切れて血が出た。

 ハンカチで拭う。

 だがそれでも華は俺の心配などせず、背を向けた。


「帰る!」




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