ヤンデレイケメン×モブ少女

「好きだよ、君のことが」


 人はなぜ、人を好きになるのだろう。


「好きだよ、たとえ離れていても」


 人はなぜ、人を愛してやまないのだろう。


「心から君を愛してる」


 人はなぜ……。


「I LOVE YOU」


 それはきっと……神様のイタズラ。




「あの、気持ち悪いんですけど……」




 はい、気持ち悪いいただきましたー!



     ※



 僕の名前は青柳あおやぎ翔平しょうへい

 いわゆる、ヤンデレ男子だ。

 自分で言うのもなんだけど、こう見えてかなりモテる。


 容姿端麗、学業優秀、運動神経抜群、その上生徒会長という最高のステータスを保有している。


 そんな僕が唯一無二にして、決して手に入れられない存在がいる。

 それが彼女、間宮まみやかえでだ。



「青柳先輩、何度も言いますけど、そうやって毎朝校門前で待ちかまえてないでください。私、別に青柳先輩のこと好きじゃありませんから」

「僕も何度も言ってるだろう? その先輩はやめてくれって」

「じゃあ、なんて呼べばいいんですか?」

「どうぞポチとお呼びください」

「キショい! マジ、キショい!」



 くふう、なんて顔で嫌がるんだ。

 最高に可愛いじゃないか。




 楓は僕の一つ下、つまり二年生で三ヶ月前にこの高校にやってきた転校生だ。

 その顔はまさに天女。女神。世界の三大美女。歴史の教科書に載るレベル。


 周りの人間からは「いや、普通だろ」と言われるが、理解できない。


 彼女ほど光り輝いてる女子はいない。

 後光が射している。

 キラキラ、キラキラとそれはもうオーロラのように眩しいほどに。

「女神」と書いて「かえで」と呼んでもいいかもしれない。



 そんな女神かえで様は眉を寄せながら言い放った。



「もう我慢の限界です、二度と私に話しかけてこないでください!」

「どうしてそんなに嫌がるんだ。僕は別に君を困らせるようなことはしてないだろう?」

「困ります! 困ってます! 青柳先輩のアプローチが激しすぎて、青柳先輩ファンの人たちから嫌がらせ受けてます!」

「そうなのか?」

「そうなんです! なんとかしてください!」

「ふう、困った子猫ちゃんたちだ」

「その言い方がもうウザい!」



 ああ、楓。

 怒った顔も最高にキュートだよ。



「わかったわかった。じゃあ、今日の全校集会で釘を刺しておくよ」

「……なんて?」

「僕の楓に手を出すなって」

「全然わかってねえええぇぇッ!!!!!」



 ガッデム! と言いながら地団太踏む彼女。

 暴言まで素敵だなんて。

 もう完璧人間パーフェクトヒューマンじゃないか。

 惚れ直したよ、楓。

 そしてできればあの踏まれてる地面になりたい。



     ※



 そんな楓と僕との出会いは約三か月前にさかのぼる。



 あれは初夏の香り漂う6月の終わり頃だった。

 いつものように放課後、生徒会室に向かっている時のこと。


「ううむ、職員室で先生の雑談に余計な時間を食ってしまった。これでは定例会議に30秒遅れてしまうな」


 急ぐか、と長い廊下を華麗に走り抜けていると、階段の踊り場で一人の女生徒とぶつかってしまった。


「きゃっ」


 女生徒は可愛い声をあげて尻餅をついた。

 それが彼女、間宮楓だった。


「あ、すまない。大丈夫か?」


 僕は手を差し伸ばして尻餅をついた彼女を引っ張り上げた。


「ごめんなさい。よく見てなかったもので」

「こちらこそ。走っていて気が付かなかった」


 セミショートの黒髪に大きな瞳、小ぶりな唇、ほっそりとした頬。

 校内では見かけない顔に、はて? と思った。


「……君は?」

「あ、私は楓。間宮楓と言います。今日、引っ越してきて、明日からこの高校にお世話になる者です」

「転校生か」

「あなたは?」

「僕は青柳翔平。一応、ここの生徒会長だ」

「あ、せ、先輩だったんですか!? す、すいません」


 パッと引っ張り上げた際につないだ手を引っ込める彼女。

 正直、女子のほうから手を引っ込められたのはこれが初めてだった。


「ああ、別に気にしなくていい。この学校はあまり上下関係にはうるさくないからね」

「そうなんですか、よかった」


 ホッとため息をつく彼女。

 なぜかその時ピリリとしたものを感じた。

 思えばこれが恋の始まりだったのかもしれない。



「楓さんはこの学校は初めてかい?」

「い、いえ……。編入試験の時に一度……」

「二度目か。じゃあ、あまり校内は詳しくないよね? よかったら案内してあげようか?」



 僕は定例会のことなどすっかり忘れてそんな提案をしていた。



「お気持ちは嬉しいんですけど……私そろそろ帰らないと」

「どうして? いいじゃないか、明日から同じ学校の生徒なんだし。そうだ、できれば今夜ディナーでもどうだい?」



 僕の渾身のウインク。

 これで落ちなかった女の子はいない。

 ところが、楓は落ちるどころかものすっごい表情をして見せた。



「キモ……」

「へ?」

「ああ、いえ! なんでもありません! ごめんなさい、遠慮しておきます。今、家で弟たちが待ってるんで早く帰らないといけないんです」

「ああ、そうか。弟たちが家にねえ。それは早く帰ってあげなきゃね」

「すいません、せっかく誘ってくださったのに」

「いや、いいんだ。でもディナーの約束だけはしておきたいな。君の隣の席、僕の名前で予約しておいてもいいかい?」



 渾身のウインク & ニッコリスマイル。

 これでどうだ、と言わんばかりに彼女の瞳を覗き込む。

 ところが楓は、さっき以上に蔑んだ目で僕を見つめた。



「キッモ」

「………」

「………」

「………」

「あああああ、ごごご、ごめんなさい! 別にあなたがキモいとか、そういう意味じゃなくて……あ、いや、そういう意味なんですけど……えーと、なんていうか」



 キッモ。

 キッモ。

 キッモ……。



 あの一瞬、そのフレーズだけが頭の中を駆け巡った。



 キモい。

 それは僕のことか?

 僕のことなのか!?



「はふん」

「あ、ちょっと。青柳先輩!?」



 気づけば、僕は彼女の前にひざまずいていた。



「な、なんて……なんて甘美な響きなんだ……楓さん」

「え、あの……?」

「今までになかったこの快感。蔑みの言葉がこんなにも心に響くなんて……。君は僕の天使だ」

「目が! 目がヤバいんですけど!? ちょっと、なんなの!?」

「楓さん、いや、ミス楓。僕と付き合ってください」

「無理いいいぃぃぃぃッ!!!!!」




 そして現在にいたる。



 それからというもの、僕は何度も何度も彼女にアタックした。



「楓さん、僕と付き合ってください」

「ごめんなさい」


「楓さん、僕と愛を育もう」

「ごめんなさい」


「ミス楓、僕の愛を受け取ってくれ」

「無理です」


「To楓、アイ ウォンチュー」

「ノーサンキュー」



 僕は毎日毎昼毎晩、彼女の前に現れては愛をささやき続けている。


 しかし、三か月経った今でも楓は僕の愛に応えようとしてくれない。

 してくれないどころか、ひどい言葉で罵ってくる。



 それが僕には……嬉しくて仕方がなかった。



     ※



「あのですね、青柳先輩」

「なんだい? 僕の楓」

「その呼び方もやめてください!」



 もおぉぉぉーッと髪をかきむしる楓。

 ああ、あんなに爪を立てて。

 できればその爪で僕の頭もかきむしって欲しい。



「いいですか? この際はっきり言います!」

「うん? なんだい?」

「私、あなたが大っ嫌いです!」

「うん、知ってるよ」

「し、知ってるよって……。そんな、けろりと答えないでください!」



 けろりって……。

 けろりって……!!


 なんて表現が可愛いんだ、楓。



 ああ、楓。

 僕の楓。



「気持ち悪い! 目つきが気持ち悪い!」

「生まれつきこういう目なんだ」

「生まれたての赤ちゃんがそんな目してたら、両親泡ふきますよ!」



 どんな目をしてるんだ、今の僕は。



「ああもう無理! 生理的に無理!」

「楓……?」

「名前すら呼ばれたくない! 不愉快です!」

「楓……」

「もう金輪際、私の前に現れないで! 顔も見たくない!」



 な、なんてことだ。

 まさか……そんな……。



「か、楓……」



 楓は……楓はそこまで僕のことを……。



「うっく……」



 あまりの衝撃に身体が崩れ落ちる。

 こんなこと……初めてだ。

 胸がドキドキして、息切れを起こしている。


 まさか、ここまでとは……。



 胸を押さえながら地面に膝をつくと、それに気づいた楓が慌てて駆け寄ってきた。



「ち、ちょっと。青柳先輩……!?」

「ハア、ハア……。す、すまない……ちょっと衝撃が強すぎて……」



 言い過ぎたと思ったのか、急に楓がオロオロとし始めた。


「ごごご、ごめんなさい。言い過ぎました。ごめんなさい。でも、こうまで言わないと青柳先輩は……」

「わかってる、全部わかってる」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」



 涙を見せる楓の目をそっと指で拭う。

 ああ、なんて天使な顔をしてるんだ。楓はどんな時でも僕の天使だ。


 

「違う、嬉しいんだ」

「……へ?」

「君がものすごい言葉で罵ってくれて……僕はすごく嬉しいんだ」

「……はい?」



 そう、楓の口から「顔も見たくない」と言われたのはこれが初めてだった。

 いつもは「気持ち悪い」だの「キショい」だの「無理」だの言われていたけれど、もうワンランク上の「顔も見たくない」をいただいてしまった。

 これほど幸せなことはあろうか。



「もっと……もっと言ってくれないか、楓」

「………」

「君からの『顔も見たくない』がこんなにも気持ちいいものだったなんて……知らなかった。ゾクゾクした。本気でゾクゾクした」



 どうしたんだろう、ものすごく興奮している自分がいる。

 罵詈雑言でこんなにも身体が震えるなんて。

 これが世に言う「Mの悦び」というものなのだろうか。



「……ひっく」



 ああ、楓の顔が引きつってる。

 ピクピク痙攣してる。

 可愛いよ、楓。

 ドン引きする姿も最高だ。



「楓、もっと言ってくれ! もっと! もっと! リピート アフター ミー!!!!」

「ぎゃああああ! 近寄るな! 消えろ!」




 我が愛しの楓。

 今日も君の罵詈雑言が耳に心地いい。

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