恋人以上、恋人未満

 幼馴染の夏美なつみと商店街を歩いている時だった。


「ねえねえ、良樹よしきってさあ、好きな人に告白ってしたことある?」


 突然、夏美がそんなことを聞いてきた。


「告白? ないよ」


 僕は途中の売店で買ったソフトクリームを頬張りながら答える。


「え、ないの!?」

「ないよ」

「一度も!?」

「一度も」

「ウソ! 超天然記念物じゃん!」


 なぜか驚かれた。

 いやいやいや、20歳で一度も告白したことない人って、けっこういると思うぞ。

 たぶんだけど。


「そういう夏美はどうなの?」

「私? 私も……ない、かな」


 おい。

 超天然記念物と言ったのはどこのどいつだ。


「だって私、告白される側だし」

「あー、なるほど。はいはい」


 うなずきながら適当に聞き流す。

 そこはツッコんだら負けだと思った。


「あ、もしかして良樹も告白される側!?」

「なんでそうなる!」

「なわけないよねー。良樹に告白する奇特な女なんていないもんねー」


 うぐぐ。

 相変わらず痛いとこをついてくる。

 しかし事実だから反論できない。 


「そういう夏美はさ、告白されても全然動じないよな。全部ふってるし」

「んー、なんていうか告白されてもピンとこないんだよねー。あーそうなんだって感じで。なんでかな?」

「知るか!」


 悪魔や。

 この女、悪魔や。

 撃沈していった男たちの魂よ、安らかに眠れ。


「それに彼氏が欲しいって気持ちもないし。休日はこうやって良樹と出掛けられれば十分だもん」

「それ、僕のような遊び相手がいるから彼氏を作らないってこと?」

「おかげさまで先週、彼氏いない歴=実年齢はたちとなりました」


 笑えないわ。


「ていうか、夏美の遊びに毎回付き合わされてるこっちの身にもなってほしいんですけど……」

「あれれ? 嬉しくないの? 可愛い幼馴染みと休日デートできるんだよ? 世の中の夏美ファンからしたら垂涎ものだよ?」

「うわあ、それ自分で言っちゃうかあ」


 確かに夏美は可愛い。

 ボブショートの黒髪にパッチリとした大きな瞳。

 小ぶりの唇に整った綺麗な顎ライン。


 ある意味、パーフェクトに近い。


 この性格を除けば。


「僕だって、休日は楽しみたいよ。可愛い彼女とイチャイチャしながら映画見たり、ランチ行ったり、ショッピングしたり、お茶飲んだり、いろいろしたいよ」

「それ、私としてるじゃない」

「だ・か・ら! 可愛い彼女とって言ってるじゃんか! それに夏美とイチャイチャした覚えはない」

「ええー? こんなにイチャイチャしてるのにー?」


 そう言って腕を絡めてくる。


「わ、バカ! 腕を絡めるな! 頬をすり寄せるな!」

「うふふ、良樹ったら照れちゃって。かーわいー」

「お前に可愛いとか言われたくない! っていうか離せ!」

「ほっほっほ、よいではないか、よいではないか」

「胸! 胸当たってる! ぎゃあー!」

「嫌よ嫌よも好きのうち~ってね」

「お前はおっさんか!」 


 それからも夏美の執拗なイチャコラ攻撃は続き、音を上げた僕は近くの喫茶店でケーキを奢ることでようやく解放された。




「いやあ、なんか悪いねえ。苦学生の良樹にケーキを奢ってもらえるなんて」

「奢らなければずっとくっつかれたままだったからな」

「あ、なるほど! 今度から良樹に奢ってもらいたい場合は腕を絡めればいいんだ!」

「何がなるほどだ、何が。言っとくが、奢るのは今回だけだぞ」

「えええ!? じゃあ次からはその先をご所望で? んんん、出来るかな~」


 何を言ってるんだ、こいつは。


「でもわかった、頑張る」

「頑張らんでいい」


 まずい、どんどん夏美こいつのペースにはめられていく。

 昔からそうだったが、夏美はいつも場を緩ませるのが得意だった。

 良い意味でも悪い意味でも。

 まあ、それが彼女の持ち味なんだろうけど。


「わあ、見て見て良樹! おいしそう」


 そんな夏美は僕の想いなどお構いなしでメニューを見て感嘆の声を上げていた。


「あ、ほんとだ。おいしそう」


 その喫茶店はメニュー表を写真入りで表示していて、確かに美味しそうだった。

 とたんにさっきまでソフトクリームを食べていたにも関わらず、お腹が鳴る。


「迷うなあ、どれがいいかなあ。全部頼んで一口ずつ食べるって手もあるなあ」

「そんな手はない」

「気に入らなければ良樹に食べてもらって、別のを頼めばいいしなあ」

「だからそんな手はない! っていうかそれ、お店の人に対して失礼だろ!」


 結局、夏美はフルーツがてんこ盛りの長ったらしい名前のパフェを頼み、僕は濃厚そうなティラミスを頼んだ。


 夏美曰く「フルーツだったらハズレがないよね」とのことだった。

 結局、失礼なやつだった。




 僕らはその後、喫茶店でケーキを堪能し、いつものように映画を観て公園を練り歩き、夕方頃に別れた。


「じゃあね良樹。また来週!」


 そう言って手を振って帰ろうとする夏美を慌てて呼び止める。


「待て待て待て待て。来週ってなんだ、来週って」

「え? デートの約束ですけど?」


 なに「デートの約束ですけど、なにか?」みたいな顔をしてるんだ。

 勝手に決めるな。


「なあ、言おう言おうと思ってたんだけどさ、もうやめようよ、こんなの」

「なにが?」

「こうやって遊ぶの」

「なんで?」

「だって不自然だよ。僕は夏美の彼氏じゃないし、夏美も僕の彼女じゃないだろ? 僕ら幼馴染みで昔から仲良かったけど、大きくなってからもこういう関係ってあまりよくないと思う」

「そう……かな?」

「そうだよ」

「そう……かも」

「だろ?」

「そうだね、あんまりよくないよね、こういう関係って」


 ちょっと寂しそうに笑う夏美の顔に少し心が痛む。

 ああ、そうか。

 こいつは本当に純粋に僕と一緒にいることを楽しんでたんだ。

 昔のままの関係を続けたがってたんだ。


 でも僕は今日、言ってやった。


 もうやめようって。

 これはよくないって。


 それが正しいかどうかわからないけど、このままじゃ少なくとも夏美には彼氏ができない。

 僕の存在が邪魔をする。

 それぞれの道を歩くならこれがベターな選択だと思った。


 そう思っていると、タタタタッと夏美が駆け寄ってきた。


「……?」


 そして、有無を言わさず突然キスされた。


「ふ、ふごおおおおおおぉぉぉぉッッッ!!!!????」


 慌てて夏美の肩を掴んで引きはがす。


 なになに!?

 なにが起きた!?

 いったいぜんたい、なにがオキタッ!?


 あまりに突然すぎて頭がパニくる。


 と、夏美が艶めかしい瞳を向けながら言ってきた。


「じゃあ、ちゃんとはっきりさせるね。私、良樹のことが好きです」

「へ?」

「私、良樹の彼女になりたい。幼馴染みとか、友達とか、そういうんじゃなくて。一人の女として良樹の側にいたい」

「な、夏美……?」

「良樹は? 私の事、どう思ってる?」


 ちょっと待て、反則だろその顔は!

 上目づかいで恥ずかしそうな顔をするな!

 潤んだ瞳で僕を見つめるな!

 お前、そういうキャラじゃないだろ!


 そりゃ、「こういう関係はもうやめよう」って言ったけど、まさかこういう手段で来るとは思わなかった。


 っていうか、本当に?

 本当に告白されたのか?

 好きって言われたのか?


「な、夏美。お、落ち着こ、いったん落ち着こ。な?」

「落ち着いてるよ?」


 そうだな、落ち着いてるな。

 むしろ僕が落ち着けって話だな。


「い、いや、その、ちょっと、いきなりすぎて心の整理が……」

「良樹にとって最初で最後の女からの告白だもんね」

「うおおい!」


 最後ってなんだ、最後って。

 まあ、確かに最後かもしれないけど。

 でも相変わらずの夏美のツッコミで冷静さを取り戻せた。


「で、返事は? やっぱりNO?」

「YESだよ、YES。NOなわけあるか」

「ほ、ほんとに!?」

「ほんとに。僕も夏美のことが好きだ。一人の女性として愛してる」


 瞬間、にへらと笑う夏美。

 ああそうか。

 僕らはこういう関係を望んでたんだ。


 仲の良い幼馴染みではなく。

 仲の良いカップルという関係。


 今、その願いが叶った。夏美の告白という行為によって。


「嬉しい、良樹!」


 そう言って夏美は再度唇を押し付けてきた。


「ちょおおおおお!!!!!」


 慌てて引きはがす。


「ちょっと待て! いきなりキスするな、心臓に悪すぎる!」

「ええ、ダメ!? だって、相思相愛のカップルになったんだよ? 私たち」

「だからって、やたらめったらキスするのはやめてくれ!」


 僕がもたない。


「そっか、照れちゃうんだね」

「時と場所を考えろって言ってるんだ!」

「イチャコラカップルはそういうの無視だから。いやー、これで心置きなく良樹とイチャイチャできるねー。イチャコラカップルって素晴らしい!」

「なんでイチャコラカップル設定になってるんだ。普通のカップルでいいだろ」

「公園でイチャコラしてー、お部屋でイチャコラしてー。ハッ! イチャコラカップルだったらその先までイケる!」

「何を妄想しとるんだ、おのれは」


 僕にとって初めての彼女。

 幼馴染みから恋人へと昇華した夏美。

 しかし不安しかないのはなぜだ……。


「やっぱり、夏美の言っていた通りだ。僕に告白する女は奇特っていうの、本当だったな」

「ふふふ、でしょでしょ? 私、男を見る目ないもんなー」

「うぐ、ほっとけ!」


 僕はそう言って、ニコニコと笑う夏美と手を繋いで夕暮れの公園をあとにしたのだった。

 

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