雪の舞う駅のホームにたたずむ僕
雪が舞っていた。
くるくると風に吹かれて舞い降りていた。
手の平に積もることなくすぐに消えてゆく粉雪は、どこか儚げで、まるで僕の心を象徴しているかのようだった。
「さよなら」
彼女は、青いマフラーで口元を隠しながら電車に乗り込んだ。
「さよなら」
僕はそれにこたえる。
彼女は、目を合わせようとしなかった。
目を合わせれば、きっと泣いてしまうからだろう。
それは僕も同じだった。
だから、視線を合わせようとしない彼女が少しありがたかった。
「今度は、いつ会えるかな?」
震える声で尋ねると、彼女は言った。
「たぶん、すぐよ」
嘘だとすぐにわかった。
彼女は嘘をつくとき、首を傾ける癖がある。
目の前の彼女は、首を傾けてゆらゆらと身体を揺り動かしていた。
その仕草がとてもかわいくて、僕はわざとだまされたフリをした。
「そっか、よかった」
「うん……」
彼女は頷くと、グッと僕の胸に頭をもたげてきた。
「だから、少しだけ、我慢して」
「すぐに会えるんだ。我慢するよ」
「うん」
彼女は、頭をもたげたまま離れようとしなかった。
じっと、僕の胸に頭を押し付けていた。
その肩に手を添えると彼女は言った。
「風邪、ひかないでね」
「うん、君もね」
「温かいもの、食べてね」
「うん、君もね」
「怪我には気を付けるんだよ?」
「うん、君もね」
「浮気はダメだから」
「うん、するもんか」
「………」
「……他には?」
「ええと、それから、それから」
なおも言いたそうな彼女だったけれど、無情にもホームのベルが鳴り響いた。
発車の合図だ。
彼女は僕の胸から頭を放して、こう言った。
「愛してる」
シュッという乾いた音とともに扉が閉まった。
扉の窓越しで、彼女は泣いていた。
ボロボロと涙をこぼしながら泣いていた。
なんだ。
目を合わせなくても泣くんじゃないか。
別れ際に、自分だけ泣くなんて。
ずるいよ。
僕は、閉まった扉の窓越しから自分も泣きそうになるのを懸命にこらえながら精一杯の笑顔を見せた。
クシャクシャな顔をした彼女の顔がいっそうクシャクシャに歪む。
スッと窓に触れる手の平が、僕に触れたがっていた。
「またね」
彼女の口が、そう言っていた。
「またね」
僕も答える。
ぴいいっという笛の音とともに、電車が走りだした。
ホームから見送る僕は、歩きながら走り出す車内にいる彼女に向かって叫んだ。
「ねえ!」
「なに?」
「今度来た時は!」
「うん!」
「今度来た時はさあ!」
「うん!」
「君に!」
「うん!」
「……君にプロポーズするから」
「え? なに? 聞こえない」
耳を向ける彼女に、僕は言った。
「なんでもない! 元気でね!」
「うん! あなたも!」
そう叫んだ彼女の姿は、電車とともに見えなくなった。
今度は、いつ会えるだろう。
ポケットの中には渡そうと思っていた婚約指輪が入っている。
でも、結局渡せず仕舞いだった。
僕はポケットの中の婚約指輪を握りしめながら思った。
今度会う時は、絶対渡そう。
彼女の泣く姿はもう見たくない。
走り去る電車を見送りながら空を見上げると、舞っていたはずの雪は止んでいた。
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