ひまわりの咲く頃に ~ひなた視点~

 ひまわりが咲く頃になると、私は大好きなあの人の夢を見る。


 とても優しくて純粋な眼をしたあの人の夢。


 名前しかわからないけれど、どこか懐かしい。その感情だけはある。


     ※


 初めて彼と夢の中で出会ったのは、小学五年生の時だった。

 ひまわりが大好きだった私は、夢の中でひまわり畑にたたずんでいた。

 私はこの子たちを眺めるのが好きだった。

 太陽に顔を向けてぐんぐんと伸びていくその姿は、引っ込み思案な私に元気を分けてくれるようで、眺めているだけで勇気をもらえた。


 私が夢の中でひまわりを眺めていると、ふいに彼が後ろからぶつかってきた。

 きょとん、とした顔で倒れる男の子。

 それが、彼との初めての出会い。


「あ、ごめんなさい……」


 謝る彼にそっと手を差し伸べると、彼はそれを受け入れてくれた。

 誰かに手を差し伸べるなんて、いつもの私には決してできないことだった。

 なぜ、そんなことができたのか。

 きっと、まわりに咲くひまわりから勇気をもらったからなんだと思う。


 そう思うと、なんだか笑顔が出てきた。


 笑った私に男の子が問いかける。


「あの……」


 その瞬間、目が覚めた。


 気が付けば、いつもの布団の中。薄暗い、私の寝室。私の現実。


 彼は何を言おうとしていたのだろう?


 薄暗い部屋の中で、私はもう一度彼に会いたいと思った。


     ※


 再び彼と会えたのは、次の年のひまわりが咲く頃だった。


 不思議なことにそれは小学5年生の時に見た夢の続きだった。

 ひとつ違っていたのは、彼の背が少し伸びていたこと。


「あの」


 男の子が口を開く。

 ドキッと私の心臓が高鳴った。


「誰ですか?」


 バクバクと心臓が波打つのがわかる。

 ああ、やっぱり私は夢の中でも引っ込み思案なんだなと思った。


「ひなた」


 かろうじてそれだけを伝える。

 自分の名前を伝えるだけでも、とても緊張した。


 あなたは?


 そう聞きたかったけれども、口の中がカラカラで言葉が出なかった。

 せっかく夢の中で再会できたのに。

 何も聞けずに終わってしまうのが怖くて、私はまわりにあるひまわりに目を向けた。


 太陽に向かって、顔を向けるこの子たちの勇気を少しでも分けて欲しい。


 そう思いながら、絞り出すように声を出した。


「あなたは?」


 私の問いに、彼は答える。


「ようすけ」

「いい名前ね」


 自分の言葉に、驚く。

 いい名前ねなんて、普段の自分からは絶対に出ない言葉だ。


 こんなことを言えるのは、やっぱり夢だから?


「ここで、何をしてるの?」


 ようすけと名乗った男の子が聞いてくる。


「なにも。ただ、ひまわりを眺めているだけ」

「ひまわりを?」

「ぐんぐんと太陽に顔を向けて成長していくこの子たちを見ているのが、好きなの」


 素直な私の気持ちが次々とあふれ出てくる。

 こんなことは、初めてだった。


「あなたは、何をしているの?」


 調子に乗って、そんなことを聞いてしまった。

 彼は、なんて答えてくれるのだろう。

 期待で胸が膨らむ。


「僕は……」



 ようすけが答えようとした瞬間、私は目が覚めた。


 いつもの布団の中。薄暗い寝室。


 彼は……なんて答えてくれようとしたのだろう。


 目覚めてしまったことよりも、答えが聞けなかったことが何より悲しかった。

 もう一度眠れば、また会えるかな。


 そう思って寝てみても、彼は夢の中に現れてはくれなかった。


     ※


 彼と再会できたのは、次の年のひまわりが咲く頃だった。


 前回会った時よりも少し成長している彼の姿に、ドキドキしている自分がいる。

 この気持ちはなんだろう。


 そんな感情の高鳴りをおさえながら、あの時聞けなかった言葉を投げかけた。


「あなたは、何をしているの?」


 私の問いかけに、彼は答えてくれた。


「僕も、何もしていない。ただ、入道雲を眺めながら走っていただけ」

「入道雲?」

「ほら。すごいきれい」


 ようすけの指差す先に顔を向けると、空いっぱいに大きな入道雲が広がっていた。


「わあ、ほんと。全然、気が付かなかった」


 ひまわりばかり見ていたからか、空にあんなに大きな入道雲があったなんて、知らなかった。


「ようすけは、雲、好きなの?」

「う、うん。好き。大好き」


 コクコクとうなずく彼の姿が、なぜか私と重なった。

 雲が好きで、それを眺めながら走れる彼の純粋さがうらやましかった。

 私も、それだけ夢中になりたい。そう思った。


「そっか。好きなものに夢中になれるって、いいよね」

「うん、そうだね。お互いにね」


 彼の言葉が、胸にストンと落ちてくる。

 こんなにも人の言葉が心に響くなんて、生まれて初めてだった。


 そこで、私はふと思った。


 これは、現実なの? それとも、やっぱり夢?


 現実にしてはどこか非現実的で。

 夢にしてはリアリティがあって。


 もしかしたら、彼も同じ夢を見ているのかもしれない。

 漠然とそんな想いが頭をよぎった。


「ところで、ようすけ。わたしたちって……」



 ハッと目が覚めた。


 気が付けば、やっぱりいつもの布団の中。どこを見ても彼はいない。

 薄暗い部屋の中で私は高鳴る胸を抑えながら、一人で泣いた。


     ※


 あれは夢だったのか。現実だったのか。

 モヤモヤとしたまま、1年が過ぎた。


 ひまわりが咲く季節が近づくにつれ、私は落ち着かなくなっていった。


 もう一度、あの夢を見たらどうしよう。

 見たくない、というわけではなかった。

 むしろ、もう一度ようすけと会いたかった。会って、確かめたかった。


 でも、怖かった。

 会って、なんて言おう。


「わたしたち、同じ夢を見てるよね」


 そんな言葉を投げかけてみたかった。


「バカだ」と思われるかもしれない。

「頭がおかしい」と思われるかもしれない。


 でも、どうしても確かめてみたかった。



 やがて、ひまわりが咲き始めるようになって、私は1年ぶりに彼と再会した。


 少し、身長が縮んだ気がする。

 ううん、違う。私のほうが大きくなりすぎたんだ。

 彼の身長も少し伸びているのが何よりの証だ。


 やっぱり、お互いに成長している。


 その安心感からか、思わず笑みが浮かんだ。


「ようすけ」

「ひなた」


 どうしよう。

 なんて言おう。


「あ、あの、ようすけ。こ、この前、言おうとしたことなんだけど……」


 私たち、同じ夢を見てるよね。


 その一言が言えなかった。

 そんな言葉、誰が信じてくれるだろうか。

 私にだって、確証がないのに。


「え、と……。その……」


 どうしようどうしようと思っていると、彼が口を開いた。


「僕たち、お互いに同じ夢を見ている気がするね」


 その一言に、私の時が止まる。


「え……?」


 呆けた顔をしている私の顔に不安そうな顔を見せる彼。


「いや、なんとなくだけど。僕たち、同じ夢を見てる気がして……」


 その一言が、迷っていた私の心を一気に切り崩してくれた。


「そう!? やっぱり、そう!?」


 思わず、身を乗り出してしまった。

 若干、彼が引いている。

 でも、そうなんだ!

 やっぱり、そうなんだ!


「実はね、わたしもそう思っていたの! 朝起きた後、胸がドキドキしてて。もしかしたら、お互い同じ夢を見てるんじゃないかって。でも、そんなことあり得ないし。かといって、夢で済ますにはどこか現実的で……」

「なんなんだろうね、これ」


 彼の何気ない一言に、今まで不安でたまらなかったものが一気に氷解していく気がした。


「………」


 気が付けば、泣いていた。

 ボロボロと涙を流して、泣いていた。


「え、ええ!? いや、なんで!?」


 慌てふためくようすけの姿がおかしくて、切なくて、私はなんとか笑顔を見せて言った。


「ほんと、なんなんだろうね、これ」


     ※


 それから1年に1回、ひまわりが咲く頃に私たちは夢の中で出会うようになった。

 何の前触れもなく唐突に訪れる逢瀬の時間。

 それは温かくて、安らぎに満ちていて、とても幸せなひとときだった。


 私たちはいつ会ってもいいように、1年間の出来事をまとめて話すように準備していた。

 いつ目覚めるともわからない夢の中。

 片方がしゃべると片方が黙ってそれを聞き、それが終わると今度は逆に。

 交互にお互いのことをしゃべり合う。

 そんなルールも決めた。


 それはまるで、おしゃべりというよりは近況報告に近いものだったけれど、それでも年に1回会える彼がまるで現代の彦星のようで私の心は躍った。


 不思議なことに、お互いの名前以外、住所や電話番号などの個人情報の類だけは教え合っても目が覚めるとすべて忘れていた。

 そのため、ようすけがどこの誰なのか、どこで何をしているのか、さっぱりとわからなかった。

 私には、彼を探す術をまったく持っていなかった。



 夢の中のひまわり畑はすぐにわかった。


 何年も前に、もう亡くなってしまった母さんと最後に参加したボランティア活動で種を植えたひまわり畑。

 くつわ町ファームと名付けられたこの場所は、毎年地元の人たちが手入れをしてきれいなひまわりを咲かせている。

 今や、県内外からひまわりを見に来るファンも多い。


 とはいえ、夢の中に出てくるようすけがこの場所を知っているかどうか。



 毎日、現実のひまわり畑を訪れると、そこで彼を待ち続ける。


 朝も、昼も、休日も。


 学校には行っていたけれど、口下手な私には友達なんていなかった。

 このひまわり畑であの人が現れるのを待つ。それが私の日課だった。


 でも、待っても待っても彼は現れなかった。


 彼はどこにいるのだろう。

 今、何をしているのだろう。

 気が付けば、考えるのは彼の事ばかり。



 会いたい。



 それが、私の素直な気持ちだった。

 まわりに咲くひまわりたちを眺めながら、なぜか涙が出た。


     ※


 何回目かの逢瀬の時がやってきた。


 私はもう22歳になっていた。

 そろそろ夢の中の彼を追いかけるのはやめて現実に目を向けないと。

 そう思ってはみるものの、やっぱりようすけの姿を見るとときめいてしまう。


 年を重ねるごとに大人びてくる彼の姿に、私の鼓動は早くなった。

 私の身長を追い越したのはいつの頃だろう。


「ようすけ」

「ひなた」

「一年ぶりだね」

「うん、そうだね」

「元気だった?」

「うん。ひなたは?」

「わたしも」


 ちょっぴりウソをついた。

 本当は、毎日会いたくて。でも会えなくて。

 そんな辛さが続いていてあまり元気がない。

 でも、今は彼と会えただけでとても嬉しい。


 今日はどんなお話を聞かせてくれるのかな?

 私はどんなお話をしよう。


 あれこれ考えていると、ようすけのほうから切り出した。


「ひなた、あのさ……」

「なに?」

「その……」


 モゴモゴと口を動かすようすけ。

 なんだか、ちょっぴり緊張している気がする。


「……?」


 何を言いたいのかよくわからないでいると、ようすけは頭を振った。


「う、ううん、なんでもない! じゃあ、今年会った出来事、僕の方からするね!」

「うん」


 ようすけの話は面白かった。

 話自体は当たり障りのない普通のことばかりだったけど、この1年間、ようすけがどんなことをして、何を思ったか、それがわかって楽しかった。


「うん。うん」


 思わず身を乗り出して聞いていると、ようすけの目からなぜか涙があふれ出していた。

 その姿に、私は驚きの声を上げる。


「ようすけ、泣いてるの?」


 ようすけ自身も気づかなかったようで、びっくりした顔をしていた。


「あ、あれ、なんで涙なんて。ごめん」


 涙を拭う彼の姿に、胸が高鳴る。

 どうしたんだろう、何があったんだろう。

 ようすけの泣き顔に不安を覚える。


 ようすけは涙を拭いながら「ごめんね」と謝り続けた。


 私はたまらなくなって、思わず手を伸ばした。


「……?」


 つ、と彼の目のふちを指で拭いながら尋ねる。


「どうしたの? なにかあった?」


 私と同じで、彼も苦しんでいるのかもしれないと思った。

 元気だった、なんてきっとウソ。

 彼も何かに悩んでいるんだろう。そう確信した。

 私なんかが助言できるとは思えないけれど、涙が出るほど悩んでいるなら言って欲しい。


「私でよければ、相談に乗るよ?」

「ううん、大丈夫」


 そう答えた彼の顔から涙が止まった。

 何か吹っ切れたような、そんな表情をしている。


「ほんと?」

「うん、ほんと。それよりも」


 突然彼が涙をぬぐう私の手を握る。

 その行動に、カアッと身体が火照るのを感じた。


「な、なに?」

「ひなた。どうしても君に伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」

「聞いてくれる?」


 ドクン、と私の胸が高鳴る。

 彼は、何かを決意したかのような顔をしていた。

 大人の男性が放つ、独特の顔つき。


 私の中に、ひとつの可能性が生まれる。


 そんなわけない、と思いながらも、思わずにはいられなかった。

 それほどに、彼の顔は今から紡ぎ出されるであろう言葉を物語っていた。


「ひなた、僕は君の事を、心から……」



 ハッと目が覚めた。


 気が付けば、いつもの布団の中。

 心臓がものすごい勢いで脈うっていた。背中が汗でびっしょりだ。


 ドキドキする心臓をおさえながら、私は起き上がって時計を見た。

 朝の四時。

 まだ、起きるには早すぎる時間帯だ。

 でも、心臓が高鳴りすぎて、眠気が一気に吹き飛んでいた。


 まさか……。

 告白しようとしていた……?


 ようすけの言いかけた言葉を思い出し、身体中が火照る。


 本当に?

 あのようすけが私に?


 夢のようだった。

 本当の夢の中ではあるけれど、まるで夢のようだった。


 けれど、私はそれを台無しにしてしまった。

 起きてしまえば、夢は終わる。

 ようすけは、どうなっただろう。

 私のいなくなったひまわり畑で、茫然と立ち尽くしているのかな。


 そういえば、ようすけの話を最後まで聞けてない。

 まだまだたくさん聞きたかったのに。


 私は、再び布団の中に潜りこんで、涙を流した。


     ※


 今日も快晴だった。


 あの夢を見るタイミングがだいぶわかってきた。

 夢の中と同じ風景になる日に、決まって見る。年に一回、ひまわりが咲く頃に、空に大きな入道雲が出ている時だ。

 今日も、きっと同じ景色が見られるだろう。


 私は、夢の中と同じ白いワンピースを身に着けて家を出た。


 そういえば……。

 なんでこのワンピースを着ているんだろう。


 初めて夢の中でようすけと会った時から大きくなる度に買い替えているこの白いワンピース。

 ワンピースは、普段の私なら絶対に選択しない服装だ。


 なぜ?


 ふと、古い記憶がよみがえる。

 まだ、母が生きていた頃だ。

 母は、ワンピースがお気に入りだった。事あるごとに、それを買って私に着させた。


 そう、あの時も。


「あの時……?」


 ひまわり畑を作るため、ボランティア活動で種を植えに行ったあの時。


 そこに、一人の少年がいたのを思い出した。


 名前までは覚えていない。けれども、

「大きくなったら見に来ようね」

 そんな約束を交わした記憶がある。


 どうしてだろう。

 なんで、今まで思い出さなかったのだろう。


 そうだ、そうに違いない。

 彼が、ようすけなのだ。

 大きくなったら、見に来よう。

 その約束を忘れないために、毎年夢に現れるのだ。


 だったら、なんで彼は来ないのだろう。

 今はもう、どこにいるともわからない彼。

 あの時の約束を覚えているのなら、きっと来てくれるはずだ。

 来ないという事は、彼も忘れているから?


 いろんな想いが頭の中を駆け巡る。


 気が付けば、私はいつものようにくつわ町ファームに来ていた。

 遠くで、テレビカメラとリポーターとおぼしき人たちが取材をしているようだ。


 種を植えた15年前は、何もない町だった。

 少しでも誘致活動を、ということで始めたひまわり畑。

 こうしてテレビ局が取材に来るぐらいなのだから、やったことは功を奏したのだろう。


 けれど、彼らがいる以外、人はいない。

 空には大きな入道雲が広がっている。やっぱり、あの夢の通りだ。

 こんな暑い中、好き好んでひまわり畑だけを見に来る人間なんて、そうはいない。


 私だって、暑いのは苦手だ。

 でも、待ち続けたい。わずかな可能性があるなら、ここで彼を待ち続けたい。

 だって、待つことしか私にはできないのだから。



 セミの声がけたたましく鳴いている。

 どれくらい、ここにいただろう。

 気が付けば、テレビ局の人たちはもう帰ってしまっている。

 私は、ミネラルウォーターで喉をうるおしながら、ひたすら彼を待っていた。

 彼が言おうとしていたこと、あれは夢だったのだろうか。それとも、現実だったのだろうか。


 思えば、あれは私の願望が映し出した幻影だったのかもしれない。

 彼が私の事を好きだなんて、そんな奇跡みたいなこと、あるわけない。


 そうだ、きっとそうに違いない。


 そう思うと、少し気が楽になった。


「そうか、あれは私だけの夢だったんだ」


 ふ、と笑みがこぼれる。

 何を期待していたのだろう、私は。

 本当にバカだ。


 帰ろう。


 待っていても、きっと彼は現れない。

 今日も明日も明後日も、このひまわり畑に彼が現れることはない。

 今日で彼を待つのはやめよう。


 足を踏み出して、止まった。



 目の前に、彼がいた。



 夢の中でしか会えなかった、彼がいた。


 大人びた表情の、落ち着いた雰囲気のようすけ。


 どうして?

 なんで?


 ずっと待ち続けていたのに、いざ、目の前にいると何の感情もわかない。


 彼も同じようで、目を見開いたまま私を見つめていた。


「ようすけ」


 思わず、言葉が出た。

 言葉が出たこと自体に、びっくりする。

 でも、それ以上に私の声に反応を示したようすけに驚いた。


「ひなた」

「どうして、ここに?」

「ローカル番組を見てたら、ここが映ってて。夢で見た景色と同じだったから……」


 あのテレビ。

 そうか、ようすけはあのテレビを見ていたんだ。

 私は、早くそれに気づくべきだった。


「ようすけ……」


 どうしよう、なんて言おう。

 現実の世界で彼と初めて会って。

 こんな時、何を言おうか、全然考えていなかった。


 戸惑う私の目に、ひまわりたちが映る。

 太陽に精一杯顔を向けるこの子たちの姿が、私に勇気をくれた。


 そうだ、こんな時こそ、素直な気持ちを伝えるべきだ。


 私は息を吐き出すと、ようすけに伝えた。


「ずっと……ずっと、会いたかった……。1年に1回、ひまわりの咲く頃じゃなく、毎日」

「ひなた」

「ここに来れば、いつか会えるんじゃないかって。ひまわりの咲くこの時期なら、いつか来るんじゃないかって。いつも思ってた」

「ずっと……待っててくれたの?」


 コクン、とうなずく私に、彼は言う。


「ごめんね。10年以上も待たせちゃったね」


 ああ、覚えていてくれたんだ。あの約束。


「ううん。来てくれたから、いい」


 ようすけはそっと近づいてきて、私の目のふちを指で拭いた。

 ここで初めて、私は涙を流していたことに気が付いた。


「ようすけ、そういえば夢の続き……」

「あ……」


 ようすけの顔が赤らむ。

 その姿に、私は安堵とともに、天にも昇る気持ちになった。


「あれ、なんて言おうとしていたの?」

「え、と……。それは……」

「教えて」


 彼の口から、直接聞きたい。あの夢の続きを。


「こ、今度の夢の中じゃ、ダメかな」

「ダメ。夢の中だと、私が起きてしまうもの」

「起きてしまう?」

「今朝はね、ようすけの言葉を待っていたら急に心臓がバクバクいっちゃって。あ、ヤバいって思ったら汗びっしょりで目が覚めてたの。ごめんね。私が起きたせいで夢が終わっちゃったね」


 今度はきっと大丈夫。

 だって、これは夢じゃないんだから。


「今も、心臓がバクバクいってる。きっと、夢の中だと受け止めきれない」


 私の言葉に意を決したのか、彼は真剣な眼差しで見つめ返した。

 ああ、やっぱり。

 私は彼のことが心底好きだと思った。


「ひなた」


 うん。


「僕は君のことを、心から……愛してるよ」


 私も。


 その一言が伝えたかったけれど、恥ずかしさとあふれる涙で言葉が出なかった。


 真剣な眼差しで気持ちを伝えてくれたようすけに対して、私は思う。



 彼は、私にとって一番の太陽だと。



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