僕の彼女は遊び人ときどき聖女のち賢者
普通の恋人ってどんな感じなんだろう、と時々思う。
別に今の彼女に不満を持っているわけじゃない。
彼女は美人だし、スタイルも良いし、笑顔の時にできるえくぼがキュートだし、声も綺麗だし、何より一緒に居てすごく楽しい。
ただ、僕の思い描く「普通の恋人」とはかけ離れているのだ。
今だってデートの待ち合わせ時間に遅れて来たかと思えば、コンビニで買ってきたであろうフランクフルトを頬張りながら
「おいーっす」
と手をあげ、のっしのっしと近づいてきている。
思わず「おっさんか!」とツッコむところだった。
別に遅れる分には構わない。
僕だって時間にルーズなところはあるし。
けれども、ここは
「ごめーん、待ったー?」
とパタパタと駆けつけて欲しいというのが恋人である僕の本音だ。
自分勝手な妄想ではあるが。
「コンビニのフランクフルトっておいしいんだけどさー。マスタードの量が少ないのが難点なのよねー」
会って早々、フランクフルトの話題で切り出してくる彼女。
せっかく黒いワンピース姿の大人っぽい雰囲気で登場したのに、口の周りがマスタードとケチャップでベタベタしているのが残念でならない。
「ねえ、もっとマスタードの量を増やしたほうがいいと思わない?」
「ど、どうだろ……。僕マスタードってあまり好きじゃないし。ケチャップだけでもいい派だし……」
「いやいや、フランクフルトといったらマスタードでしょ! 断然マスタードでしょ!」
なに言ってんだこいつ、という顔をされてしまった。
ていうか、デートで最初の話題がフランクフルトのマスタードとはこれいかに。
「でもマスタードって味の主張が強いから、かけすぎたら素材の味が死んじゃわない?」
「ふう、これだからシロートは」
両手をあげてヤレヤレと首をふる彼女。
フランクフルトに素人とかあるのだろうか。
「いい? フランクフルトはね、マスタードがあるからこそ美味しさが際立つの。マスタードがなかったらフランクフルトじゃないの」
「そ、そうですか……」
「マスタードこそ究極の調味料! マスタードこそ究極の一品! むしろマスタードの中にフランクフルトを練り込んで食べたいくらいだわ!」
「……いや、それもう別の食べ物だよね?」
「フランクフルトを練り込んだマスタード……。あらやだ、美味しそう。今度作ってみようかしら」
「うん、絶対やめて。本当にやめて」
彼女の場合、実際に作りそうで怖い。
で、ためしに食べさせられるのが僕なのだ。それだけは嫌だ。
「そんなことより、今日はどこ行く?」
こういう時はさっさと話題を切り替えるべきだろう。
そう思って僕は彼女に尋ねた。
僕らのデートは毎回無計画だ。とりあえず会って、とりあえずどこかに行く。そんなパターン。計画なんて一度も立てたことがない。
そもそも、彼女自身が毎日忙しいらしくて計画を立てられないのだ。
まあ、立てたら立てたで会ったときの楽しみがなくなるからいいんだけど。
「お、行っちゃう? さっそく行っちゃう? カラオケ行っちゃう?」
そう言って彼女はノリノリで腰を振りだした。
「カ、カラオケ?」
「そう、カラオケ。今日はめっちゃ歌いたい気分なのー」
なんてことだ。僕の一番苦手な分野が飛び出してきた。
「カラオケって……僕、あんまり得意じゃないんだけど……」
「大丈夫大丈夫。あなたが歌う時は耳ふさいどくから」
それは大丈夫とは言わない。それにそんなことされたら普通にヘコむ。
「ということで、カラオケね! 2時間10曲勝負! 負けた方がおごりってことで」
「え、いや、ちょっと……」
こうして僕は半ば強引にカラオケに連れて行かれた。
僕の彼女は遊び人だ。
現代のありとあらゆる遊びを知っており、いろんなところに連れて行ってくれる。
20歳になるまで勉強漬けだった僕は、今の大学に入るまで遊びという遊びを知らずに生きてきた。
そんな僕を外の世界に連れ出してくれたのが彼女だった。
ゲームセンター、遊園地、映画館……etc.
すべてが未知の世界だった。
すべてが驚きの連続だった。
ひとつひとつに感動する姿が面白かったのか、大学で初めて知り合った彼女はことあるごとに僕をデートに誘ってくれた。
最初は都合のいい遊び相手にされているのだと思った。
彼女は気さくだし、優しいし、明るいし、見た目も美人だから男が寄ってくる。
だからその時その時で相手を変えて遊び歩いているのだと。
しかし、そうではなかった。
彼女は今まで誰ともつるんだことがなく、一緒に遊んだ相手が僕だけだと聞かされた。
そしてその勢いのまま告白された。
「あなたといると、すごく楽しい。素の自分でいられる。だから、付き合ってください」
女性から告白されたことなんてなかった僕は、一も二もなくOKした。
むしろ、こちらからお願いしたいくらいだった。
すると彼女は「嬉しい」と言って抱きついてきた。
その笑顔がとても眩しくて、美しくて、キラキラと光り輝く聖女に見えた。
それがほんの数週間前の彼女。
今の彼女は、マイク片手にはじけ飛んでるヤバい女にしか見えない。
「yeaaaahーーーー!」
椅子の上に立って叫ぶ姿は恐ろしさを通り越して戦慄をおぼえる。
歌いたいっていうか、叫びたいの間違いなんじゃなかろうか。
てっきりしっとりとしたバラード系か、可愛いアイドル系の歌をうたうのかと思いきや、激しいパンクロックで攻めてきている。
読めない。彼女の趣向がまるで読めない。
歌なのか叫びなのかわからないまま曲が終わって、画面に表示された点数は驚異の98点だった。
なんなの、この人……。
「やった! 98点だって、98点!」
画面を見てはしゃぐ彼女。
いったいどの部分が98点だったのか、機械に聞いてみたい。
「これで私の勝ちはいただきね!」
もともと勝てる気もしなかった僕は無難なバラードで攻めて、無難に76点という高いんだか低いんだかわからない点数を叩きだした。
「あははは! 76点だって76点!」
いや、笑う理由がわからない。
ていうか、本当に耳を塞いでたのが地味にショックだった。
彼女は次の選曲もレゲエやらラップやら、普通に難しい曲をチョイスしては90点台という数字を導き出していた。
ほんと、なんなのこの人……。
結局、2時間で歌った10曲すべて負けた僕はカラオケ代をおごることになってしまった。
「ゴチになります、おやびん!」
会計を済ませて店を出ると、彼女はそう言って頭を下げた。
「別にごちそうしたわけじゃないんだけど……」
「ああ、そうか。じゃあ、今日のお昼ゴチになります、おやびん!」
「なんでだよ!」
思わずツッコむと、彼女はゲラゲラと笑って「冗談冗談」と背中を叩いてきた。
「ほんとにからかいがいがあるなー、キミは。いいわよ、お昼は私がおごってあげる」
「ほんと?」
「ただし、私の食べたいものを当てられたらね」
「わかるか!」
このご時世、食べ物が星の数ほどある中で彼女が食べたいものなんて当てられるわけがない。
うんうんうなっていると、彼女は言った。
「ヒントはねえ、あなたが食べたいもの」
「僕が食べたいもの?」
「制限時間は5秒でーす。チッチッチッチ」
「わー、待って待って! えーと、じゃあ牛丼特盛!」
「………」
「………」
「………」
しくったー!
牛丼特盛ってなんだよ!
デートで牛丼てなんだよ!
いつも大学の安い学食か牛丼の並盛しか食べてないから、つい特盛が食べたいという普段の欲望が出てしまった。
さすがにこれはないだろう、と思っていたら彼女は「ふう」と笑いながらため息をついた。
「じゃあ、私の食べたいものも牛丼の特盛ね」
「へ?」
「うーん、ここからなら2ブロック先の吉田家が近いわね。行きましょ!」
またもや腕を引っ張られながら僕は彼女と牛丼屋へと連れて行かれた。
「牛丼特盛2つ。サラダセットで」
カウンター席に着くなり、店員にそう告げる彼女。
通い慣れてるのか、メニューも見ずにサラダセットまで注文してくれた。
「大丈夫よ、ここは全部私のおごりだから」
よほど深刻な顔をしていたのだろうか、隣で優しくささやく彼女。
ていうか、サラダセットの分は払わないといけないのだろうかと悩んだ自分の経済力が嘆かわしい。
そしてなぜかこういう場では彼女は聖女のような顔つきになる。
「私ね、牛丼の魅力は紅生姜だと思うの」
「紅生姜?」
「どこのチェーン店でもあるじゃない、紅生姜。あれはね、きっと牛丼=紅生姜だからなんじゃないかなって思うんだ」
ちょっと何言ってるかわからない。
「ど、どういうこと?」
「つまりね……」
「お待たせしましたー」
尋ねてる間に、頼んだ牛丼が目の前に置かれた。さすが早い。
割り箸を取って手を合わせていると、彼女はおもむろに紅生姜の入った器を引き寄せて、牛丼の上にこれでもかというくらい載っけ始めた。
「………」
……普通に引くんですけど。
なんなの、この人。アホなの?
せっかくの牛丼が、すべて紅生姜で埋もれてしまっている。
もはや牛丼ではなく紅生姜丼だ。
「これこれ! これが好きなのよー!」
彼女はそう言って紅生姜を口いっぱいに頬張りながら「くうぅー」とおっさんのようにうなった。
「やっぱり牛丼は紅生姜あってこそよね!」
「そ、それはやりすぎなんじゃないかな……」
ていうか、普通に怒られるレベルだろ。
「わかってないなあ。牛丼はね、紅生姜がメインなの。紅生姜がなかったら牛丼じゃないわ。ただ白米に牛肉を載っけただけよ」
それを牛丼と言わずになんと言うのか。
「そこに紅生姜が乗っかって、初めて牛丼という食べ物になるの。つまり、牛丼=紅生姜ってわけ」
「あ、そう……」
僕はもうツッコむ気も失せて紅生姜をちょこんと乗っけた普通の牛丼を食べ続けた。
「はあ、食った食った」
爪楊枝で歯をシーシーしながら満足げにつぶやく彼女。
お願いだから僕の前でそれはやめてほしい。どんどん理想の恋人像から離れていく。
「で、次はどこ行く? 今度はあなたが決めていいよ」
彼女からの提案に、僕は即座に「ゲームセンター」と答えた。
以前、教えてもらったクレーンゲーム。あれに大ハマりしてしまったのだ。
「ほう、ゲーセンか。全国の猛者どもと対戦したいというわけだな。ふふふ、よかろう。腕が鳴るわ」
「あ、いや、格闘ゲームじゃなくてクレーンゲームのほうなんだけど……」
世紀末覇者のような顔をする彼女をなんとかなだめて、僕らはゲームセンターに向かった。
「きええぇぇぇい! 死ね死ね! どすこーい!」
案の定。
これほど案の定という言葉はあろうか。
彼女はゲームセンターにつくなり格闘ゲームに一直線に突っ走り、一人でネット対戦を始めてしまった。
僕は一人、クレーンゲームの前に取り残されている。
「ヒャッハー! どかぬ! 引かぬ! かえりみぬ!」
意味不明な言葉を叫びながら、次々とあらわれる挑戦者たちをバッタバッタとなぎ倒している。
ネット対戦なので相手がこの場にいないからいいようなものの、かなり過激な言葉も叫んでおり、端から見ててハラハラしてしまった。
あの姿はまるでゲームに憑りつかれたジャンキーだ。
まわりのお客さんも少し引いてる。
ここは他人のふりでもしてようかしら。
と思っていたら、大きく手招きされてしまった。
「きゃあー! 見て見て、ほらほら10人抜きよー!」
くっ、恥ずかしい!
ものっそい恥ずかしい!
「……う、うん、おめでとう」
周りの目を意識しながら、恐縮しつつ彼女の元に近寄る。
「今日の相手は全然大したことないわね。よーし、このまま20人抜き目指しちゃお!」
目指さなくていいよ。
とは思ったものの、あまりに楽しそうなので何も言えなくなってしまった。
ここはもう、彼女以上の猛者が出てきて負けさせてくれるのを祈るしかない。
「オラオラオラオラー! 防御なんてさせるもんですかー!」
そんな彼女は、現れる対戦者たちを次々とハメ技で返り討ちにしていた。
お、恐ろしい子……!
結局、彼女のあまりの強さに対戦する相手もいなくなり、ソロプレイでゲームをクリアして終了してしまった。
「ごめんねー、クレーンゲームやりたかったのに私の格ゲーに付き合わせちゃって」
「いいよ、見てて楽しかったし」
夕方、僕らは駅前広場で別れの挨拶を交わしていた。
今日一日、ほとんど彼女の遊びに付き合った感じだったけれど、それはそれで充実した一日だった気がする。
「それにほら、こっそりやってキャンディーゲットしたんだよ」
実は彼女が対戦で熱中している間、僕は100円で制限時間内に何回もキャンディーを拾えるクレーンゲームをやって、見事1個のキャンディーをゲットしたのだ。
買った方が安いくらいだし、きっと彼女がやったらもっと取れていただろうと思うけれど、生まれて初めてクレーンゲームで景品をゲットしたのがとても嬉しかった。
「お、マジで? やったじゃん! もしかして初めてじゃない?」
「うん、そう。初めて。だからこのキャンディー、君にあげるね」
「え? 私に?」
「このキャンディーを取ることができたの、君のおかげだから」
「わ、私は別に……」
「いいから、受けとって」
僕は彼女の手を取ると、その手の平にストロベリーキャンディーを乗せた。
「ありがとう、僕を外の世界に連れ出してくれて」
心からのお礼を述べると、彼女はキュッと唇を結んで「嬉しい」と言いながら抱きついてきた。
「私の方こそ、いつもありがとね。わがままに付き合ってくれて」
胸の中に顔をうずめられる。
言動や行動はおっさんくさいけど、こうして抱きしめると華奢で壊れそうな小さな身体をしている。
そしてほんわかと甘い匂いがした。
「……あ、もう時間みたい。行かなきゃ」
チラリと視線を動かすと、駅前に大きなリムジンが止まっているのが目に入った。
どうやらお迎えが来たようだ。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
白い手袋をはめた物腰の柔らかな運転手が僕らの前にやってきて、丁寧にお辞儀した。
「ええ、ありがとう」
その瞬間、彼女は遊び人の顔から賢者モードの顔へと変身していた。
そう、僕の彼女は社交界に顔が効く大財閥の一人娘なのだ。
大学生活のかたわら世界中を飛び回っては各国の大富豪と交流を深めているのだという。
日本の政治経済にも多大な影響を与えている人物であるという噂だ。
本当かどうかは知らないけど。
「今日はとても楽しかったですわ」
そう言ってニッコリと微笑む彼女。
賢者モードになると口調も仕草も完全に別人になる。
社交界で大物を相手にするものだから、幼少の頃から徹底的に仕込まれたらしい。
普段のデートでは決して見せない表情で僕を見つめていた。
けれども僕は知っている。それが仮の姿であることを。
僕と会う時だけが、本当の姿であるということを。
「僕も楽しかったよ」
「また……お会いできますか?」
「もちろん。連絡くれたら、いつでも空けとくよ」
「ふふ、嬉しい。それではごきげんよう」
彼女はゆるりとお辞儀をすると、颯爽とリムジンに乗り込んで走り去っていった。
僕は心の中で手を振りながら黙ってそれを見送った。
普通という言葉自体あやふやな物だけれど、僕は「普通の恋人」というものに憧れている。
けれども、それは憧れているだけであって、今の彼女が嫌いなのではない。
遊び人であり、聖女であり、賢者である彼女。
僕はそんな彼女が大好きでたまらない。
※
~番外編~
「ふふふ」
リムジンの中で、彼女は手のひらに乗ったストロベリーキャンディーを眺めながら笑みを漏らした。
「どうなされました、お嬢様」
白髪の運転手がルームミラー越しから覗き込み、声をかける。
「今日、あの方から初めてプレゼントをいただきましたの」
「それはようございました」
「見てくださいまし、この可愛らしいストロベリーキャンディー」
「なんと、お嬢様へのプレゼントがストロベリーキャンディーですか。いやはや、つかみどころのない青年ですなあ」
「ほんとうに」
まったく私の予想の斜め上をいく方だわ……と呟こうとして口をつぐんだ。
「いまだかつてお嬢様にキャンディーを進呈した殿方はおりませんな」
「ええ。でもどんな高価な宝石よりも、見目麗しいドレスよりも、このストロベリーキャンディーに勝る物はありませんわ」
「さようでございますか」
「このキャンディーは大事に取っておいて、今度あの方とお会いした時にいただこうと思います」
「では、なるべく早めに再会しませんと」
柔和な笑みを浮かべる運転手に、彼女はゆっくりと目を瞑り「ええ、一日も早く」とつぶやいたのだった。
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