七、片鱗
夜子の住む町から離れた、山里にある精神科病院「草加病院」。
面会を終えた夜子は、一階受付を通り正面玄関へと向かった。するとそのとき、
「雨田さん」
「あ、はい」
「面会に来たの?」
外来の看護師だ。今までの夜子なら意思疎通に必要な最低限の言葉しか出さない。でも今は要点が抜けて喋りたいことを喋ってしまう。まだそれがどうしてなのかは知らない。
「面会時間、何時まででしたっけ?」
「17時までよ」
わかっていたのに聞いてしまった。もう過ぎている。
「お、夜子」
「先生、こんにちは」
「また、今度な」
「?」
忙しそうに事務室へと入っていく白衣を着た医師らしき男に夜子は軽く頭を下げた。
男の名は浦島太郎。父の担当医だ。
統合失調症。
夜子が後に診断される病名だ。百人に一人の割合で発病すると言われている。精神疾患の一つだ。
雨の降る園庭。
真ん中で雨に打たれる折鶴があった。
園児達は部屋で騒いでいる。
傘も差さずに駆け寄り、折鶴を拾い上げる子どもがいた。
雨に打たれながら、慌てて連れ戻そうと近づいた先生を困らせた。
「何かと思った、折り鶴?」
「ごめんなさい」
数年後。
どうして気づかないんだろう
どうして気づけないんだろう
行列を一匹だけ逸れて行く蟻を見て子どもが思った。
寄り道かなあ
具合悪いのかなあ
このままだと車道だ。少女は両手で進路をふさいだ。
びっくりした蟻は引き返した。
子どもたちが周りで笑っている。
なにがよくて、悪いことなのだろう。
少女は蟻を一匹救い、笑い者になっていた。
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