二、野に咲く花
夜子は暗い部屋にいた。
面や小手などの防具が陰干しされている。夜子の他には部室には誰もいないようだ。もうみんな帰ってしまったのだろう。一人で安定のしていないベンチに座って下を向いている。
夜子は運動性に乏しい子だった。朗らかさやはつらつさもあまり備えているとは言いがたい。その代わり些細なことでは不快にもならないような性格で、「待て」と言われればきっと一時間でも二時間でも待つことができる。何もしないということにもあまり空虚さを感じなかった。
しかしものごとには否定的なところが結構あり、「夜は明けなくていいのに」とか、「新聞は一枚でいいのに」、など根拠もなく突き放すような冷たい一面も持っていた。
「もっと動いたら」
たまりかねて言ったつがいの片方の、そんな言葉で選んだ部活だった。運動は向いていない。入ってすぐに思い知らされた。何でも思いつきで始めてはいけないのかもしれない、とも思った。
夜子のようなタイプがこうして友達を持つのは稀かもしれない。夜子は基本的に喋らない。でも木葉は何もない沈黙や静寂も嫌いではないし、喋りたいときは自分から喋った。実際、これまでもそういった者と親しくなったことは何度かあったのだが、いつも一時的でやがてはみんな離れていった。そして、いつしか夜子にとってもそれは当たり前のことになっていた。でも、木葉とは知り合ってからもう一年以上になる。
出会ったきっかけはわからない。色んな出来事やこれまでの二人のやりとりに埋もれてしまった。
誰もいない部室で下の方を見ると、散らかった床に何かを見つけた。
どうやら半紙のようだ。「空」と書いてある。
なんだろう?
不思議に思った夜子はそれを拾ってみた。誰が書いたのかわからないがきれいな字だ。
そのとき、突然ドアが開く。
「よーるこっ」
先ほどの言葉の主が迎えに来たようだ。
「ごめん、お待たせ。帰るよ」
あわてて手に取った半紙を鞄に押し込んでしまった。
木葉は明るい。夜と昼。月と太陽。
そして、この日から精神病と健康体になる。
戦うことを選んだ。
それはあまりにも、意識と覚悟の伴わない選択だった。
――耳鳴りがする。
「あ、かたつむり」
夏の終わりの夕暮れ。雨が降っていたからだ。
「そっちに行くと踏まれるよ」
木葉は屈んで、かたつむりの軌道を草むらの方へと戻した。
小さい命を見ると思い出そうとする。身に覚えのないはずの遠いどこかの記憶を。
夜子は座り込んだ木葉を見ながら、
私はここにいる
そう言って離れかけた意識をもとに戻した。
一輪のヤマユリが草むらの中で風に揺れていた。
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