002 紫夜からイクスザラへ

(はぁ~)

 紫夜しやにとって、優莉ゆうりと話す時間は大学生活の中でとても癒される時間であった。単純に明るく可愛い女の子と話すからというのもあるが、彼女との会話は工学研究会のメンバーとの会話とは別ベクトルでよく弾み、とても楽しいものだった。

(いじめかぁ・・・。そこから強くなるとか考えもしなかったなぁ)

 中学時代に勉強が出来た紫夜は、同級生から嫉まれて、いじめを受けていた。紫夜は当時何度も学校に行くのを嫌がったが、勉強して偏差値の高い学校に行けば、いじめを受けることはないと、授業中に物を投げつけられようと必死に勉強に打ちこんだ。昼休みや放課後の勉強以外の時間は、図書館で借りた大好きな機械の本を何冊も読んでいた。本を読んでいる時間、紫夜はいじめのことを忘れられた。そうして過ごしているうちに偏差値の高い高校に入り、そこでも猛勉強を続け、今の大学に入ることが出来た。

(こうして頭のいい大学に入れるぐらい勉強もしたのも、工学関係詳しくなったのも、いじめられたからってところはあるし、河合さんの言うことも間違ってないかな。さて、やることやるか)


 アパートの自室に戻った紫夜は、部屋を片付けると、腕立て伏せを始めた。腕立て伏せが終わった後は上体起こしやスクワット、ダンベルカールなどの筋トレを行う予定だ。彼は学校から帰ってくると、よほどのことがない限りは筋トレを始める習慣を大学二年の冬からつけていた。目安は筋肉痛になるかならない程度の強度や回数で行い、学校の無い日でも欠かさず行っている。それを終えると、スマートフォンで格闘技の動画を再生し、紫夜は動画の中で披露されている格闘技の動きを真似する。真似する格闘技は空手、ボクシング、テコンドー、レスリングなど様々。これも日課のトレーニングの一つだが、彼はこれらが隣の部屋に迷惑をかけていないか時々心配になる。


 トレーニングを終えた紫夜は、リュックサックの中から塊状の金属を取り出した。これは工学研究会の部室に置いてあるジャンクパーツ置き場にあったものだ。彼は取り出したものの中から、小さい塊状のものを選び出すと、新聞紙をテーブルに敷き、やすりを引き出しから取り出し、選び出した金属の塊を削り出す。

 普段、アパートにいるときの紫夜は暇さえあれば、このように手に入れた小さな金属の塊をやすりがけしている。ストックは百個以上あるものの、いつ大量に消費するかわからないため、時間が許す限り作業を行うつもりだ。一つ一つ丁寧に一定の大きさと形に削っていく。

 削り終わったものが次々と出てくる。その削られた小さな金属の塊はまるで銃弾のような形状をしていた。


(あ、もうこんな時間じゃん。夕飯食べないと)

 金属の塊を削り続けることに集中し、夜の八時を過ぎたことに気づいた紫夜は作業を中断し、作り置きしておいた夕飯を食べる。食べ終わって、後片付けが終わり、夜九時を回った頃、彼は自室の床に寝転がり、スマートフォンを取り出して、各SNSをチェックし始めた。

(今日も何もないといいけど・・・)

 紫夜は学校との友人と繋がっているSNSアカウントとは別に、フォロワーが九万人以上の巨大なアカウントを有している。このアカウントは紫夜の豊富で幅広い工学関連の知識を活かし、日常生活で役立つ工学の知識やトリビアなどを投稿しているアカウントで、その投稿内容の反響は大きく投稿されれば、かなりの数のアカウントに拡散される人気のアカウンントである。

 だが、このアカウントは見た人の知っている知識を増やすことが目的ではなく、ある特定の条件の人間との繋がりを作り、その人たちの投稿を閲覧するために作られている。情報を提供するのではない。集めるためのアカウントだ。そのために、九万人以上のフォロワーの中でフォローを返すのは東京都在住かその近郊に住む人間に限定され、その人間の投稿がタイムラインに流れるようにしている。

 そのアカウントのタイムラインをダラダラと見ていると、ある投稿に目が止まった。その投稿内容は「ロボット?みたいなのが歩ってた。なんだったんだろう」という文章とともにぼやけた銀色の人型の何かの写真が添付されている。

 すぐさまこの投稿者のプロフィールや他の投稿に目を通した。この投稿者はどうやら東京都大田区の工場のどこかで働いているらしく、仕事が終わり帰り際にそのロボットようなものを見たそうだ。さらにその投稿者の投稿を元に大田区の工場一通り調べると、その写真が取られた場所ある金属加工工場の近くであることが判明する。

(イクスザラの出番だ・・・。ふぅ、いくぞ)




 紫夜は自室の押し入れを開けると、その中にある全身黒のスーツを手に取った。スーツといってもビジネス用のものではなく、首や指先、足先まで覆う体にピッタリと張り付くようなダイビングスーツのようなスーツもので、スーツ内には複数のケーブルが内蔵されている。また、スーツには体の各部位に合わせた形をした黒色で塗装された薄い金属のフレームが取り付けられていた。さらに二の腕と大腿部にはフレームの上には鳥の羽根の形をしたプレートが貼り付けられており、こちらも黒色で塗装されている。紫夜はそのスーツにすぐさま着替えた。体の形にピッタリと合うような形状のフレームがあるせいで、スーツを着るのに少々手こずる。

(やっぱり重いなぁ・・・)

 このスーツは紫夜が自作したもの。全身を薄い金属のフレームをまとうことである程度の防靱性と耐弾性を有するようになっている。

 張り付けられた羽根上のプレートの中には紫夜の手で改造されたモバイルバッテリーが入っている。これらのバッテリーはスーツに内蔵されている電線を通して、各装備に電力を供給する。

 紫夜はスーツを着込み、ズレているフレームの位置を修正すると、押し入れの中から袋を取り出し、その袋の中から黒色の金属で作られたプロテクターを複数取り出す。彼はそれを肩、肘、膝にそれぞれ取り付けた。

 プロテクターを取り付けた紫夜は部屋の壁にかけてあった上下のウインドブレーカーをスーツの上から着込むと、バイクのヘルメット、ランタン、原付のキーを持ってアパートを出た。

 部屋に頭を何度もよぎる不安や恐怖を置かずに。



 外は時間が時間ということもあり、真っ暗。ウインドブレーカーを着込んだ紫夜はアパートの駐輪場に向かい、自身の原付にキーを指すと、原付のシートに自室に荷物を入れた。バイク用のヘルメットを被り、原付のエンジンをかける。原付のエンジンの音が住宅街に響く。忘れ物はないか確認した後、紫夜はアパートの駐輪場を出る。向かう先は原付で約三十分で着く山奥の空き家だ。その空き家は山奥に隠れてポツンと建っている一軒家であり、紫夜が上京して間もない頃、都内を散策しているときに偶然見つけた家である。

(見間違いであってほしい・・・)

 紫夜は足をソワソワとさせ落ち着かない様子であり、とにかく原付の運転に集中するように心掛けているようにした。犯罪を行うならまだ引き返せるという思考を取り払うように。



 原付を走らせること三十分、薄暗い山道を抜けると目指していた空き家に着いた。だが、目的は空き家ではなく、空き家の物置である。物置にはブルーシートで覆われた巨大な何かと、地下への扉がある。この物置の地下には戦時中に作られた防空壕があり、紫夜はこの防空壕の中あるものを隠していた。


 紫夜は物置に入り、地下にある防空壕への扉を開けると、地下への梯を降りていく。地下の防空壕に着くと、まず持ってきたランタンで防空壕の内部を照らす。地下の防空壕は大量のダンボールが置かれているだけだ。

 ここに来て、紫夜は着込んでいたウインドブレーカーを脱ぎ、フレームとプレート、プロテクターをまとった姿を露わにする。

 紫夜はまず手前に置いてあるダンボールを開け、まるで甲冑のような胸と背中に取り付ける胴体、両肩、前腕、両脛りょうすねのアーマーを取り出した。

 各アーマーは鋭利な鳥の翼を彷彿とさせるデザインとなっている。この形状は、ただ単に鳥の羽根や翼を連想させるだけでなく、曲線を取り入れた形状にすることで飛んできた銃弾などを受け流せるように設計されている。この翼のようなデザインのアーマーは紫夜の購入した中でも高硬度の金属を加工し、その加工した金属を何層にも重ねることによって非常に高い耐久力を持つ。また、各アーマーにはハードポイントが設けられており、各種装備を必要に応じてハードポイントに取り付けることが出来る。各アーマーの点検を行った後、紫夜は体の各部にアーマーを取り付けた。

(やっぱりこれ重いな。軽くできないものかな)

 次にダンボールから取り出したのは鳥の脚の意匠が施された金属のパーツが取り付けられているタクティカルブーツ。彼は履いてきたスニーカーから、そのブーツに履き換え靴紐を締める。

 頭以外、全身に黒色の装備を着用した紫夜は、別のダンボールを開け、そこからアタッシュケース二つを取り出す。アタッシュケースを開けると、その中にはそれぞれ紫夜が自作した装備が入っていた。


 まず手にした装備は《エラビレラ・アニゼコ》。これは左腕に取り付ける全長約五十センチの黒色で塗装された鳥の翼を模した盾だが、弾丸を含めて自作で開発した空気銃、刃渡り三十センチほどの金属も十分切り裂ける高周波振動するブレイドが格納されている。紫夜は動作確認を行った後、それを左腕に装着した。

(問題なし。あともう一つくらい持っていくか)


 そう思って手にした装備は《ソカ・ピストラ》。これは市販のエアガンを改造し、弾丸を発射するのではなく、先端に鉤爪が取り付けられたワイヤーを発射する手持ち式の銃である。これを紫夜は右腕のハードポイントに取り付けた。


 紫夜は防空壕の一番奥にあるダンボールを開け、その中から機械のバックルや数個のケース、ハードポイントが取り付けられたベルトを取り出す。ベルトに取り付けられたケースには様々なアイテムを収納でき、基本的には、工具や医薬品、《ソカ・ピストラ》の予備の鉤爪とワイヤー、バッテリーなどを入れる。

 ベルトのバックルの機械は妨害電波の発生装置。これから交戦する相手にはこれがどうしてもなければならない。この妨害電波発生装置をあるからこ、この事件に立ち向かい介入することが出来るようになったのだから。紫夜は妨害電波発生装置の動作確認やケースの中身を確認すると、ベルトを腰に締める。締めると今度はベルトの右腰のハードポイントに《ソカ・ピストラ》を装備した。


 最後にダンボールから取り出したのは頭と顔をすっぽりと覆う黒色のヘルメットのようなものを取り出す。ヘルメットというよりマスクだ。そのマスクの顔面部には鋭利な形状の翼を広げた黒色の鳥が顔部分に張り付けられたデザインとなっている。

 頭頂部には剣のような形状のアンテナがあり、稼働時にはリアルタイムで熱源や索敵、電波など情報を収集する。

 マスクの目に当たる部分には三日月の形をしたスリット上の黄色のカメラアイが設けられている。

 紫夜がマスクを被る。すると、マスクの中は市販の液晶タブレットを改造したモニター画面に覆われている。彼がマスクの横の電源ボタンを押すと、マスク内のモニターにある文字が表示された。

《イクスザラ》

 文字が表示された後、モニターにはマスクに取り付けたカメラアイが見た映像やアンテナのセンサーが収集した情報が映し出される。それらを全て確認し、特に問題は見られなかった。

 全ての装備を装着したその姿は全身黒色の金属で覆われた戦闘服といった感じだが、所々に黒色の鳥、からすの意匠を施されており、完成度の高いコスプレにも見える。この姿こそが紫夜が自作した対ロボット用装備イクスザラである。

 このイクスザラには実戦での活動のみならず、デザインや名前にも工夫が施されている。所々に烏の意匠が施されているのはわざとであり、もしイクスザラが誰かに見られたときに戦闘服ではなく、コスプレと誤解させるための意図がある。イクスザラ及びその装備の名前は全てバスク語が用いられている。バスク語はフランスとスペインの一部で使われている言語で、日本人が最も使わない言語と言われている。これはもし仮にマスク内のデータや設計に使っているPCのデータを誰かに見られたときに、イクスザラの正体はバスク語を習得するほどの特異な経歴を持つ人間と錯覚させる狙いがある。


 イクスザラとなった紫夜は防空壕から出ると、物置の中に置かれていた巨大なものを覆うブルーシールを取り払う。すると、大量のチェーンがかけられた大型バイクが姿を現す。この大型バイクは紫夜の私物で、大学の進学祝いに購入したものだ。

 バイクに取り付けられた大量のチェーンを取り外し、バイクを物置から出した紫夜はバイクのエンジンをかける。大型バイク特有の大きなエンジン音が、物置の壁を揺らす。紫夜はバイクにシートにまたがり、一息つく。

(まだ引き返せるぞ。でも、いく!)

 紫夜はアクセルをひねり、バイクは物置を出て、山道を駆けていく。向かうはあの工場地帯だ。


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