第9話「会話は甘味」

 空きっ腹にちょっとした物を入れると余計にお腹が空くのは未だに僕の疑問のうちの一つだ。

 ある程度お菓子を交換したり食したりしたあと、残りは自由な時に食べれるように残しておき、別のカフェなどを探そうという結論に至った。

 元々行く予定だったカフェの道筋は分かるものの、分からないふりをして歩くこと数分。


 時間は三時半を過ぎており、太陽の傾きによって肌寒い。快晴ではあるものの、最高気温は十度近くしかないらしく、茅野もマフラーを深く巻き直す。


「ここか」


「ここだね。店名的に」


 現在地と並行で確認して頷く。場所自体は探しづらいのだが、カフェはどうやら人気店のようだ。地図アプリで見ても迷いそうなのに人はどんどん入っていく。カップルから女子高生グループ、大人まで様々に入っていくものだから、僕らもその流れに乗じることとした。


「うわ、すっげぇ」


「わぁ、オシャレだね」


 店内に入りまず僕らが抱いた感想は、さすがお洒落な町六本木というものだった。

 アンティーク調のブルーで統一された店内は見るからに敷居が高そうではあるが、値段自体は意外にも良心的。

 ワンコインで食べれるとまではいかないが、英世の力で大抵は買えてしまう。

 しかも周りのお客さんの選んだ物を見るに意外とボリューミーそうなのでワクワクする。


「どう? 食べれる?」


「いけるよ。甘いもの大好きだし」


「じゃあここで食べよっか」


 茅野もそんなに昼ご飯は食べてなかったようで、僕らは遅い昼食ということにしてそれぞれ好きなクレープを頼むことにした。


「すっげ。サラダクレープって言うのかなこれ」


「バリエーションあるね。迷っちゃう」


 バラ売りされた中古のカードに目を光らせる子供のように、あるいは宝石に右往左往する婦人のように。

 僕らはメニューの内容を見て思わず喉を鳴らす。


「人気順とかもあるんだ」


「あ、ほんと」


 種類は五十を超えてるのではないだろうか。

 甘いイチゴやチョコレートなんかからアボガドやサラダまである。

 人気は順位付けされてるようで、新規にも優しい仕様なのはありがたい。今回はお言葉に甘えて、人気メニューから選択しよう。


「じゃあ俺はこのバナナチョコ生クリーム、、、かな」


「私はストロベリーチョコ生クリーム。人気なやつ選んじゃったね」


 両方人気ランキング上位にくいこんでいるクレープで、考え方が一致していることに笑ってしまう。

 クレープを選んだことだし、列に並び順番を待つ。

 どうやらアイスなんかもあるらしく、子供がはしゃいでいる様子に僕も茅野も笑顔になる。


「人気なんだねここ」


「だね。もう後列出来ちゃってるし」


 振り向き、家族連れやカップルが並んでいるのに驚く。数時間前に視察した時よりも明らかに人数が多い。これは予想外だが、嬉しい予想の外し方なので黙っておく。


 クレープを頼み、意外にも席は空いていたのでそこに座る。


「実際に手に持つとすごい大きいね」


「そうだね。でも、美味しそうだよ」


 僕がそう言うので「確かに」と頼んだクレープに目を輝かせている。


「「いただきます」」


 顔を見合わせ、クレープを一口頬張る。生クリームやバナナ、チョコが絡み合うのを舌上の感触で堪能し、飲み込む。


「美味しい!!」


「美味いねこれ。パリパリしてるし、これなら全然余裕で食えるね」


 あまりにも美味しいのでもう一口。やはり美味しい。


 もっちりしてると言うよりは表面はパリパリ。重くもないし生クリームもしつこい甘さじゃない。舌によく残る甘ったるさなんかは全然ないので、どんどん口に運んでしまう。


「え、やばいこれ止まんないね」


 茅野も目を輝かせ、零れないようにしつつクレープをどんどんと頬張る。

 僕も止まらず、唇に残った生クリームを舌でとる。

 うん、これすら美味しい。


「うん、ヤバいハマるかもこれ」


「次六本木に来た時ここにも行こうね」


「そうだね!」


  クレープを口に運ぶのを一旦辞め、僕に笑いかける茅野に照れにも似た笑みを返す。

 茅野には当然のことなのかもしれないが「次」があるということを改めて再確認させられるとついつい顔が緩んでしまう。


 はしゃいでテンションをあげ応えてしまい、自制心を働かせる。今日の僕は頼れる男としてのミッションをこなすのだ。

 子供みたいな反応を見せてはいけない。


「そうだ。軽音部ってどう? 飯田と同じバンドを組んでるんでしょ?」


「そうだよー。昨日も柚希ちゃんに色々聞かれちゃった」


 うちのクラスの軽音部女子の飯田柚希イイダ・ユヅキは茅野のバンドグループのベース担当で、どちらかというとギャルっぽいイメージだ。しかしそれは見た目だけで、愛想もよく意外にも教師ウケはいい。


「色々?」


「うん、今日の話をね。柚希ちゃんが嬉しそうに聞いてくれたの」


「話すの好きそうだしな」


 今日の、と言うならデートの話だろう。飯田も健人に負けず劣らずの恋愛話好きだ。僕も彼女には色々聞かれてしまったから、彼女は僕以上に絞られたことだろう。


「うん。でもベースとってもうまいんだよ。1年生の中では男子に負けないかも」


「マジ? ベースの上手い下手っていわゆるスラップのイメージがあるなぁ」


「上手さはそれだけじゃないよ。どれくらい正確かとかも全然あるし、魅せ方って言うのかな。柚希ちゃんはそれが上手なの」


「あ、それはわかるかも。手拍子の促し方とかね」


 そう言われて僕は納得する。元々の人望もあるのだろうが、彼女のMCやマイク越しの促し方はついつい応援したくなるような何かを秘めているように思う。


「だから負けられないね。私もどんどん上手くならなきゃ」


 やる気を見せる彼女に僕は感心する。彼女の歌も上手だし、聞き惚れる程なのに慢心せずまだまだ向上心を持っている。

 黛先輩たちもそうなのだろう。上手な人は上手だと理解してるか理解してないかに関係なく、上を目指そうとする。


 茅野はまさかかっこよさまで備えているのか。


「すげぇなぁ、茅野って超上手いのに。みんな聞き惚れてたよ」


「まだまだそんな事ないよ。でもありがとう。そう言ってくれると嬉しい」


 素直な気持ちに、茅野は照れと謙遜で返す。

 茅野は文化祭でも歓声を浴びるほど上手なのだから、多少の自覚はあるだろう。それでも謙遜と感謝を述べてくれるのは好感を持てる。これが茅野の良いところだ。


「八代くんは? バスケの調子はどんな感じ?」


 切り返し、今度は茅野が僕に尋ねてくる。


「やっぱキツイね。でも楽しいよ。スタメンはまだ厳しいけどね」


「先輩はやっぱりうまいかぁ」


 うんうんと頷く彼女は優しく微笑む。多分バスケの話はある程度健人からも聞いているのだろう。


「今二年生一年生主体でやっててね。三年が引退しちゃったから、新しくチームとして頑張ってるんだよ」


「でも負ける気は無いんでしょ?」


「当然」


 ドンっと胸を張り拳で音を鳴らす僕に、茅野は男勝りに見せたいのかサムズアップの対応。カッコよく見せたいのかわからないが、仕草はとにかく可愛い。


「黒尾くんがスタメンに選ばれてるんだっけ?」


「そうだね。今んとこ大智だけかな。一年だと。あとは健斗もだね。SG(シューティングガード)ってポジションで先輩とバチバチなんだけど、ポジション分かる?」


「うーん、ちょっと詳しくないかも」


 指を顎に触れさせ、思案してから茅野は答える。まぁおおかたその通りだとは思う。


「体育でバスケやったじゃん? コートはスリーとツーのラインがあるのわかる?」


「あ、それは分かるよ」


「SGはそのスリーから点を決めたり、PG(ポイントガード)と連携してボール回しをしたりするんだ」


「PGは?」


「PGはドリブルとかでボールを運んだりアシストのパスをしたり、よく司令塔なんて言われるね。俺もPGなんだよ」


 そう言うと、茅野の目がぱっと明るくなる。少し前のめりになり、僕の話の続きが聞きたいようではしゃいだ声を上げる。


「えぇ、凄いね。司令塔。かっこいい響きじゃん!」


「僕はどっちかと言うとパスを回したりディフェンスとかが得意なんだよね……司令塔って柄じゃないし」


「そうかな。八代くんって頭も良いし器用でしょ? それに、委員会の時なんかそれこそ司令塔っぽいじゃん」


 そう言われてしまい言葉に詰まる。確かに僕は地頭はいい方だと思う。クラス順位も上位だ。だが、茅野からこのように思われていたとは思わず、うまく返しが見つからないで照れる。


「そうかな。そうだといいなぁ」


「うん。私が好きになった理由の一つなんだからね。自信もってよ!」


 笑ってみせるけれど、茹で蛸のように真っ赤になっている茅野に僕も頬が赤くなっていくのを感じる。

 やはりまだまだ彼女の好意が直接伝えられることにはなれない。

 彼女も伝えなれてないのだろう。ちょっとした間に、まるで漫画のように焦っているようだ。


「はは、ありがとう。そだ、クレープ食べよっか。まだ残ってるし」


「そ、そうだね!」


 僕も恥ずかしくて、照れ隠しとしてクレープを食べることに逃げる。

 茅野も賛成し、僕たちはクレープを掴んで大きく口を開け咀嚼。


 やはり美味しい。彼女への恋心のせいか、クレープはほのかに甘酸っぱく感じた。

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