第8話「映画と変化」
「うわぁ、大きいね」
映画館を見上げる彼女は、小さくそう言って僕と同じ感想を述べる。
中はチケットを買う人や映画館のお供、ポップコーンを買う人、パンフを買う人などでいっぱいだ。
「あんま来たことない?」
「うん。実は六本木もあんまり詳しくないんだ。ご迷惑おかけします」
「任せて任せて。しっかりリードするよ」
照れ隠しに丁寧なお辞儀を見せる茅野に僕はどんと胸を叩いて応じて見せる。ちょっとしたおふざけを交えてくるものだからこちらもおふざけを返す。「頼りにしてるね」と返されてしまい、まんざらでもない気持ちになりいい感じの雰囲気だ。
「それにしてもすごいね。水が流れてるし明るいし、普通映画館のエントランスって暗いよね」
「うん。普通はThe・室内って感じで暗いのにね」
「そうそれ」と笑う茅野が楽しそうにあたりを見回す。彼女が同じ感想を抱いたのが嬉しい。映画についても同じ感想を共有できたらなと思う。
「じゃあ、そろそろだし買おうか」
映画のチケットを買い、普段は買わないようなポップコーンとコーラもおまけでつける。これで準備は万端。
「楽しみだね」
「うん。すごい人気でみんな面白いって言ってるし期待大だよ」
選んだジャンルはコメディ映画。有名キャストも多く、何より評価も高い。友人たちも全員が太鼓判を押す程なので、茅野もその情報は承知済みだろう。ラブストーリー系もあったが、初デートにはお勧めしないなんて言われたものだからまた次回に持ち越そうと思う。
「スクリーンは3だね」
「あ、じゃあ奥だね。7から9はそこのエスカレーターから乗るんだ。いっぱいあるね」
スクリーンについての解説の看板を指さした後、今度はエスカレーターを指さして茅野は指先を踊らせる。いつもより高いテンションに僕もくすくす笑いながら同意する。
スクリーンはエントランス奥の左側だ。進んで左を向くと、明るい雰囲気は一転する。正確には明かりはしっかりついてるし明るいのだが、壁に貼られたポスター以外はおしゃれなシック調で、照らす照明とマッチして独特の印象を与える。
「あー、映画館っぽい」
「わかる。なんか映画館って独特なそれっぽさがあるよね。伝えにくいけど」
「僕もうまく形容はできないけど伝わる伝わる」
お互いの乏しい語彙力を補うために床を指さしたり壁を指さしたりしては身振り手振りで気持ちを伝えあう。
「この床の模様が……」とか「壁のこの板が……」なんて評論家ぶってふざけたりする茅野が愛おしく、僕らの中のボルテージはどんどん高まっているようだ。
そして予想通り、映画の内容も最高で、僕らは終始ご満悦だった。
「すっごい面白かったー! 予想以上だよ!」
「ほんとに。俳優のキャラもよかったね」
スクリーンから出て、満面の笑みをお互いに交換する。
よく有名なキャストをふんだんに使う映画は面白くないなんて言われることもあるが、この映画はそんな心配をする必要は微塵もなかった。コメディの中にも胸打たれるシーンはあったし満足度としては満点を与えたいくらいだ。発言を探り探り挟んでいく必要もなく、僕らはお互いの印象をぶつけ合う。
「かっこよかった! キャストさんがみんなキャラよくてどんな人でも面白いの!」
茅野の言葉が生き生きと熱を帯びる。まったくもって同意しかないので僕は激しく頷く。配役の振り方も素晴らしく、どの人物ものびのびしているように見えた。
「あとは撮影もすごいよね。当てられてるスポットの違いで主演も助演も関係なしに輝いてる。さすがに端役が主役より目立つことはないけど」
「へぇ」
指を立てシーンごとの撮り方を思い出し、映画を評価する僕に彼女は一瞬きょとんと表情を変えた後、すぐに楽しそうに僕の顔を覗き込んだ。
「八代君すっごいね。映画とかに詳しいの?」
「いや、友達が昔映画作ってたみたいで。そのときに撮り方やらなんやらをちょっぴり教えてもらったんだよ」
「え、すごいねその人。同い年? 見せてもらったの?」
話に興味を持ってくれたようで、キラキラした目をより一層輝かせる。意外と彼女は映画好きなのかもしれない。
「うん同い年。そりゃさっきの映画と比べるのはアレだけどショートフィルムでさ。なんか引き込まれるの。撮り方なんだろなって思うと映画見るときにそんなことも意識しちゃうんだよ」
「ええ、いいなぁ。私もいつか見てみたい。私も見れるかな」
「聞いてみるよ今度」
「わ、ありがとう!」
パッと顔を明るくした茅野の頼みを、いったい誰が断れるだろう。健斗に頼み込めばなんとか首を縦に振ってくれないだろうか。
隠してるわけではなさそうだったが、自分から見せびらかしている様子もなかったので、もしお断りだったのなら謝ろうと思う。僕に見せてくれるならほかの人にも見せれると思っておこう。
茅野の映画トークは続く。
「映画って没頭できるっていうか、それだけに集中できるから好きなの。本も好きだけど、スマホ見ちゃって集中できないことがあるんだよね」
「ああ、わかる。映画……というか映画館がそういう環境なんだろうね」
「確かに。家ではあんまり映画見ないかも」
僕の同意に深く頷く彼女は楽しそうで、また時期が来たらもう一度映画に誘おうと思う。
「あ、パンフ買おっかな」
「お菓子もあるね。ついでに寄ってく?」
「そうしよ!」
そばにある映画グッズのショップに立ち寄り、ざっと見まわす。多種の商品には目を奪われ、ついついいろいろなものを買ってしまいたくなるが、僕らはパンフレットのみを購入することに決め、量り売りされているお菓子の前に立つ。
「え、すごいラムネかなこれ。グミもあるし。これ多分チョコだよね。色いっぱいあるけど」
「カラフルだね。味が違ったりするのかな」
「食べなきゃわかんないよね」
茅野はばらばらの箱に入ったお菓子を指先でなぞるように確認していき、好みになりそうなお菓子を見つけてはテンションを上げていく。僕自身も、こういった量り売りはデパートなどでしか見ないので自然と頬が緩み、二人でおすすめになりそうなものを選んでいく。
色的にコーラとサイダーのグミだろうか。サッカーボール型のお菓子まである。
あれは何だろうか。これはどんな味がするのだろう。そんな食欲と知的探求を刺激されては、選択肢は一つしかない。
「欲しいのは?」
「選べないくらいいっぱい」
「わかる」と同意の前置きを僕が挟み、だれの許可を得るつもりもないが、
「いろいろ買って分けちゃおっか」
「賛成」
特に悪いことをしているわけでもないのに、僕らはいたずらっ子の笑みを浮かべてお菓子を選んでいく。
お互いに分け合えるように種類はバラバラだ。
店員さんも僕らを待ってくれていたようで、後ろに飾られたパンフレットも購入し、茅野は嬉しそうに笑う。僕らは館内を出て、耐えきれなくなり早速お菓子の中身を開いていった。
「私じゃあこのグミっぽいの!」
「僕はやっぱりサッカーボールのこれかな」
お互いに選んだお菓子のうちの一つを選び、口に運ぶ。含んだお菓子を咀嚼し、顔を見合わせ、
「「おいしい!」」
ハモった。素直な響きの、僕らの声が。
結果、映画を見るというプランは僕の予想をはるかに超える大成功で幕を閉じた。
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