第7話「視察は大事」

 十二月二十四日、僕は約束の二時間前に六本木駅に降りていた。


 どうだろう。浮いてないかな。


 まずはトイレに直行し、自身の身なりの確認。

 おしゃれに詳しくない僕なりの精いっぱいの努力。意外にもバスケ部随一のおしゃれセンスを誇る裕大と遊びに行ったときに見繕ってくれたダウンを正す。

 下手にかっこつけて柄シャツなんて着ようものなら身の丈に合わない。ジージャンパーカーは他と被りやすいし大人っぽく見せたいならダメなど判定は辛辣だったものの、僕に合うぴったりの服を探すという点では意外にも親身に接してくれていた。


 あの時はふざけあってデートの時にだって使えるよなんて笑いあったが、まさか本当にそんな日が来るとは。

 母に格好の感想を聞いてみたところ、似合ってると太鼓判。身なりについてはとりあえず合格点だろう。


「よし、行くか」


 せっかくの初デート。約束したその日から何度もネットでおすすめスポットを探して決めたのだ。プランは立てつつも実際に足を運んだことはないので、下見をするに越したことはない。ここがおすすめなんだよなんて自信満々に言った結果潰れていましたなんてオチは最悪だ。今日はお休みですなんてのもシャレにならない。

 バスケ部仲間はそもそも彼女持ちが少ないし、聞いても茶化されるだけ。自分で考えろというメッセージもあるのだろう。助けてほしい気持ちはやまやまだが、いつまでも甘えていられるほど頼りっぱなしは彼らにも自分にも悪い。現時点で数えきれないほどの借りはあるが、コツコツ返していこうと思う。


 一応メモしておいた予定としては、気張らないように映画やショッピングなど。それでは特別感がないので最後にそれらしいところに行くという寸法だ。

 つまるところ結局は三つしか場所を決めきれなかった。

 クリスマスデートにぴったりな場所10選とかそんな大々的なものが大半なのに、ランク付けの位置はサイトによってバラバラ。有名どころ、無難が一番だと気づいたときには調べ続けてから三日もたっていた。


 僕の浅はかな考えでは、無難なクリスマススポットといえばイルミネーションしか思い浮かばず、最後は青の洞窟で締めくくろうと思っている。

 渋谷は友人と遊ぶ場所として何度も訪れているが、六本木は真逆だ。遊びでこの辺りに来たことはおろか、デート目的となると話はさらに厳しい。軽くぶらつくだけでもしておかないとてんぱる可能性のほうが高いのは、僕の貧相な知識でも容易に想像ができる。ネットの情報をうのみにしすぎるのはよくないが、詰め詰めにしないよう余裕をもっておくというのは的を射ている気がするのだ。


 TOHOシネマズ 六本木ヒルズで映画を見た後に感想を言い合いながら、ショッピングを楽しんだ後に青の洞窟が待っている。

 プランを立てたといってもこれくらい実際はスカスカの中身だ。だからこそここいいな、と思える場所にあらかじめ目星をつけておく必要がある。


「でっか」


 上へ上へと続く階段。場所によっては混雑してしまいそうな人数でも、立ち止まることなく進めるので驚きだ。

 近場の映画館でいつも映画を見ることを済ませている僕が最初に抱いた感想は、映画館自体ではなく、それに続く道となる階段に対してだった。


 森美術館の横を通り、映画のポスターから今日見る予定の映画がまだ続いてることを確認する。まだまだ続く階段を上って見上げた映画館に言葉を失い生唾を飲んだ。想像以上の大きさでガラス張りの外観がおしゃれという言葉を体現している。とても映画館だとは思えないので一度地図アプリを開いてみるが目的地はここを示していた。


「へぇ」


 映画館はこんな場所もあるのか。映画館というよりビルじゃないか。素直に思った感想を見慣れたマークに言いつけて館内へ進む。


 昼前の徐々に温度が上がる時間でも、気温は一桁台で寒いという感想は変わらない。ドア越しから吹き出る温風が心地よく、肩をさすりながら周りを見回した。


 館内は暗いというイメージが、僕の歩んできた映画館への道のりの偏見なので、この明るさにその思い込みが一気に払拭される。

 ガラス張りの壁面からは面白いことに水が流れており、映画館にこんなものを設置してるのかと開発者の発想の豊かさを評価する。


 ガラス越しの斜陽が明るみに出ることで、僕の中の高揚感が成長する。日に照らされ芽吹いていく。

 映画グッズの売られている店には色とりどり、種類様々なお菓子が量り売りで売られていた。


 ……茅野といろんなものを買って分け合ったりしてみたいなぁ。


 あくまで視察なので映画館は中断。回れ右して次は六本木のショッピングモールへGOだ。


 地図を確かめある程度進んでいき知れたことは、六本木にも安いお店はあるということ。踏み入れるのもためらうような高級ブランドを取り扱う店は当然多かったが、ドン・キホーテを見た時の安心感は計り知れない。ドン・キホーテに訪れることはないだろうが、あそこを見たことで六本木へのセレブ感という偏見を解消し、予想以上に多くの収穫があった。


 この時間帯の休日ということもあるが、意外にも会社員ばかりというわけではない。映画館にカップルはちらほらいたし、お店にも高校生が多くいた。お店を探すのだって、安くてセンスのいいお店を探したり、彼女が喜びそうなお店を探すということでどんどん楽しくなってしまう。


「視察は上々……と。メモメモ」


 正直このまま渋谷109に訪れれば何とかなると思っていたので、嬉しすぎる誤算だ。茅野は六本木に詳しいのだろうか。そんなそぶりは見せなかったけど。あまり詳しくなかったらうれしい。


 彼女はどんな反応をしてくれるだろう。このカフェは気に入ってくれるか。意外と和食好きかもしれない。彼女も緊張していてファストフード店……はむしろ慣れた時のほうがいいか。

 洒落た店に気後れしていた僕は、いつの間にかそんなことを考える余裕さえできていた。新しい発見というのは、人を変える力があるのかもしれない。


 茅野が喜ぶことをしてあげたい。僕の楽しいと彼女の楽しいを共有したい。そんな気持ちで満たされていく。


 僕はメモアプリから目を離し顔を上げ、道行くカップルの顔を見た。あちらこちらの人々の表情が明るく輝いている。

 なるほどデートするときはあんな気持ちになれるのか。今この瞬間だけでもこんなに満たされてるのに、デート中は一体どうなってしまうんだろう。

 彼女に早く会いたい。そう思って時計を見ると、時計は十二時を回っていた。


 約束の時間の十五分前に、僕は駅の改札口付近で茅野を待っていた。その前の時間僕はスポーツ用品店に寄ってみたり、マックで昼食をとったりしてつかの間のリラックスタイムを過ごしていた。

 スマホをいじっていると嫌でも時間を見ずにはいられないので、迫る待ち合わせの時間に多少の緊張はしたが、だいぶ落ち着いたほうだ。

 改札口からは人がわらわらと目的地へ向かって進んでいく。老若男女関係なく進むものだから面白い。老人夫婦がクリスマスにこんな街中を歩いている。その姿を見るだけで心が温かくなりうらやましいと思った。


 改札を出て右側で待ち合わせているため、茅野がよっぽどの方向音痴でなければ遠目からでも姿が見えるはず。

 そんなことを思いながら少し背伸びをしてみると――いた。


 条件反射で顔が緩んでしまう。心身ともに彼女の登場を心から歓迎している。

 気付いてもらえるよう手を振ってみると、彼女は満面の笑みでこちらに気付き小走りで寄ってきた。とてとてなんて擬音のしそうなものだから、あまりの可愛さに一瞬にやける。


「早いね。待たせちゃったよね」


「気にしないで。さっき来たばかりだし十五分も早く来てるじゃん」


「そう、同じくらいなんだ。よかった」


 僕の言葉を疑うことなく彼女はそう言って笑って見せる。


 彼女の私服を見るのはほぼ初めてと言っていい。普段制服姿しか見ない僕は、彼女の装いに改めてほれぼれさせられる。

 完璧な女子高校生の格好にほんの少しの華やかさと可愛らしさを足したのは、本当に自分で選んだのかと思えるほど素晴らしかった。

 赤を基調としたチェックのマフラーは彼女の首を優しく包み込んでおり、寒い日だと言うのに彼女はスカートを履いている。寒いのにわざわざオシャレをしてきているのだと自覚出来ることと、単純にスカート姿の茅野の爆発力に吹き飛びそうになる。


「理想の正統派女子」とは彼女のことを表すのだろう。立ち振る舞いが様になっていて見入る僕に、茅野は小首をかしげる。


「どうかした?」


「ああ、うん。すごい似合ってるなって」


「ほんと? よかった。しっかり選んだんだよ」


 くるりと回って決め顔をする彼女にクスリと笑う。ちゃんと選んでくれたんだなと理解し、僕の心は浮き足立ってしまう。


「うん、すごくかわいい。ありがと。じゃあ、行こう」


 そんな気持ちを知られたくない僕の小さなプライドは、顔を見られたくなくて彼女を催促してしまう。

 笑顔で頷く彼女に若干の後ろめたさを感じながら、彼女の横を歩いていると、


「八代君もとってもかっこいいよ」


 見上げてそう褒めてくれる茅野。

 ひょっとすると彼女は、小悪魔のような魅力もあるのかもしれない。

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