第4話「緊張の瞬間」
冬の朝は厳しい。鈍色の空は太陽がすっぽりと隠れており、雪が降っているのでチャリは最近こがなくなった。
せっかく僕の心は春模様だと言うのに、まだ空は冬景色だ。心が温かくても身体が寒ければプラマイゼロだ。
だからこそ、少しでも温かくなるように結果報告。
「というわけで、付き合うことになりました」
「あーはいおめでとおめでと、めでたいめでたい」
「あれ、思ってたのと反応が違う!」
顔を赤らめ発表したのに、健斗は棒読みで感情のこもってない拍手をするだけだ。それも手袋をしているせいで音がこもっている。
あのあと茅野は部活で戻ることとなりいの一番に健斗に報告はしたのだが、もう少し驚いてくれたり祝福してくれてもいいだろう。
連絡した時も「だろうな、おめでと」の一文のみだ。何行も書いた自分が馬鹿らしいと錯覚してしまうほどのノリの悪さに寒風以上に凍える気持ちとなった。
「聞いたし。成就する前の初々しさがなくなるとなんかな。冷める。茅野からも聞いたし」
朝の風に全身を刺激されながらつぶやく健斗に僕はあきれてものも言えない。昨日あんなにステーキ奢れだのなんだの言って調子に乗っていた男の反応とは思えないくらいテンションが低い。ついに拍手をやめ寒さしのぎに手をこすり始めた。
ステーキの内容を忘れていそうなのはうれしい誤算だが、それ以上に悲しい誤算が多すぎる。
「お前の悪趣味の暴露はもういいよ……おい、ちょっと待って。茅野からも聞いたって何。なんで茅野も報告してるの」
悪態ついて気付く。茅野からは呼び出しをしてほしいと言われただけで、告白するとは聞いてないはずだ。僕の追及に健斗はこすり合わせる手の動きを止め、あからさまにしまったという表情だ。
風の轟音が、僕らの距離を広げようとするので、僕は健人の方へ少しだけ躙り寄る。
「……」
「おい健斗?」
「そんなことより今日の練習さ」
「明らかに口滑らしたよな? その反応ってことは前から分かってたんだよな? お前」
指さし続けて追及する僕に対して、健斗はなぜか学校のほうを向いて知らんぷりだ。あまりに意固地にそうし続けるので、頬に指を突き刺す。意外にも健人の肌は温かい。
と、そんなことを考えるんじゃなくて。
これでも尚口を閉ざすようなので、最後に手加減なしにぐりぐりと指押し込んだところで、健斗は観念した。
「うん。実は茅野から最初から伝えられてた。告白したいからそれとなく放課後一人で帰らせるようにしてほしいって」
全然それとなくさはなかったけどなぁ……
僕が健斗に言われてといったとき、茅野はどう思ったんだろう。全然役割を達せてないと思ってないだろうか。優しいから意外と気にしてないかもしれない。
「健斗は知ってたの? 茅野がその……僕を好きなこと」
「自分で言って照れんなよ気持ち悪い。結構露骨だったぜ? 茅野もお前も同じくらい」
「え、僕のことは別に」
「いや、お前が茅野に惚れてること知ってたし。バスケ部だとお前・茅野組と大智・椎名組のどっちが先かで軽く盛り上がるくらいだぞ?」
そう言われて項垂れる。今言われた男――
「昨日のあれカマかけてたんじゃなかったのか」
「いや、初々しい反応が見たかっただけ。好きだろってことには否定しない態度とか満点レベルだったわ」
「ほんとお前のその性格直したほうがいいわ……」
すでに手遅れそうな健斗に頭を抱えたくなる。もはや隠す気もない露骨な反応に主導権を握られ、なぜか僕が受け身側に回っているのも、健斗の性格に押し負けてしまった結果なのだろう。
溜息もつきたくなるが、この際登校中に聞けることはあらかた聞いてしまおう。
「なに、じゃあお前どこまで知ってんの」
「主演康幸ヒロイン茅野でショートフィルムが作れるくらいには。割と手回しはしたんだぜ?」
「結構な大作じゃんかそれ……まぁ、それは嬉しいけど」
「どうも、天才ですし」
調子に乗った健斗にいよいよ僕は頭を抱えるアクションを落とす。そこで素直に僕の感謝に謙遜でもすれば可愛いものの、健斗の実力と性格ではむしろ驕ってしまうのだろう。
夏に彼の家に泊まった時、自作の映画というのを見せてもらったのだ。それがまたかなりのものでネットにでも公開してみなよと言ったのだが「趣味の一つなわけだし、やるとしても大学でそんなサークルに入ってからだろうな」と言われてしまった。
ただ、僕はあれ以来半ば健斗のファンのようになってしまい、健斗も自覚してるので達が悪い。
「じゃあ僕が茅野のことを好きなことも?」
「茅野は自信なさそうだったけど正直全く心配してなかったわ。裕大なんかお前に先に帰ってって言われた後ついに来たのかなんてはしゃいでたからな」
「嘘だろおい……」
裕大にまでバレてたなんてとうつむく。多分今日僕は一日中いじられるのだろう。そう考えると、わざわざ茶化されに行く自分が間抜けに見えて自然と足が重くなる。
向かい風も僕を応援してくれているのか、歩幅はさっきと比べてわかりやすいほどに短くなってしまった。
「今から風邪で休みますって連絡を入れることは?」
「あきらめろ。もう着いた」
「ですよね……」
付き合い始めて一日目の朝、僕はこれから起こるのであろう未来にため息をつきながら、校舎に足を踏み入れた。
「そんなことあったんだ。わたしも、いっぱい質問されたなぁ」
一日中周りにもみくちゃにされ疲労困憊な僕に、同じような表情の茅野が弱弱しく、でも楽しそうに笑う。
夕日と月が互いに顔を出すこの時間。あと数時間もすればあたりは暗闇に包まれるのだろう。部活に向かう生徒や帰宅に向かう生徒でこの辺りには人気がない。
茅野側もすぐに軽音部内で広がり、そこからクラスにまで普及したらしく、照れ半分疲れ半分というのが僕らの総意だ。
「じゃあこれからも?」
「んー、飽きてる人は飽きてそうだけど、たぶん次は先輩かなぁ。さっきも言われたし」
僕らの高校は、いわゆるマンモス校で、文武両道の理念から部活への対応も手塩だ。部員の人数も多く、特に彼女の所属する軽音部は人数が多いため苦労することだろう。
「こっちは健斗に休み時間も絞られたよ」
朝のまるで興味のない様子はどこへやら。健斗は初々しさというより、僕がみんなに茶化されてる姿を楽しむために奮起してるのだろう。
「あぁ、三科君ずっとどこに行ってるんだろうと思ってたの。大変だったね」
茅野も健斗の破天荒さの被害者のようで、くすくす笑う。さすがに女の子にズバズバ質問しまくるほど不躾ではないようだが、別の部分で苦労してるのだろうと変に同情する。
「まぁ健斗はそういうやつだし。いろいろしてくれたみたいで今は強気に出れないなぁ」
「そうだね、すぐ気づかれちゃった。それに手伝うなんて言ってくれて。いい友達だね」
思うようにスムーズな言葉が見つからず、話題づくりとして出してしまった健斗の裏側を知り、喉を小さく鳴らす。なんだかんだ言っても応援してくれていたのだ。今度ちゃんと奢ってあげようと思う。
それにしても言葉が見つからない。前はあんなに簡単に喋れていたのに、いざ茅野を彼女と認識してしまうと途端に息が詰まってしまう。
茅野も同じようで、ときどき窓からの景色を見たり、髪に触れたりして恥ずかしそうだ。
窓から差し込む明かりが彼女を煌びやかに装飾し、そんな仕草も絵になる。
話せる時間は十分間。もちろん、帰り道に一緒に帰ることはできるだろうが、この一分一秒にだって大切に思えるのだから無駄にはしたくない。
「うん、いい奴。だからこうやってあいつに応援してもらって茅野と付き合えたのは本当に嬉しいよ」
「……結構ロマンチストなのかな、八代君は」
虚を突かれたような顔をする茅野に、僕も自分の発言を顧みる。考えに考えた言葉よりも長い、自然と出た言葉に僕は自分で照れてしまう。
「恥ずかしい、かな?」
「全然。とってもかっこいいよ」
首を横に振り、力強くそう言ってくれる茅野に自然と頬が緩む。すこぶる気持ちの悪い顔をしているのだろうが、止められない。
「そうかな。そういってくれると嬉しい。もっとそう思ってもらえるように、頑張るね」
「じゃあ私も。彼女でよかったと思ってもらえるくらい頑張る!」
おかしな約束事を結んで、目と目を合わせて同時に笑う。ゆっくり歩きながら、僕は尋ねた。
「終わるのは大体同じくらいだよね」
「うん、片付けで少し遅くなっちゃうかもしれないけど。そんな変わらないと思うよ」
この言い方はもう僕の次にいう言葉がわかってるのだろう。なら変に準備する必要はない。隠しきれない緊張を無理やり抑え込んだ僕は勢いのままに、
「一緒に帰ろっか」
「うん!」
……可愛いな。じゃなくて。
笑う顔に見惚れた僕は思わずそんなことを思ってしまう。十分間の時間も終わりかけ、階段前に来てしまった。バスケをしている時間や茅野と話してる時間は、本当にあっという間だ。だからこそこんなにも心が温かくなるのだろう。
「じゃあ、放課後に」
「うん、体育館前で待っててね」
お互いに手を振り、茅野は階段を上がっていく。僕の大健闘を称えてか、陽の光はいっそう強くなった気がした。その実感と、茅野が階段を登りきるのを最後まで見届けて、
「さあ、部活に行きますか!」
バッグを背負いなおし、僕はこっそりガッツポーズをした。
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