中世ファンタジーだという世界観を壊しちゃっていいじゃない

床ノ助

第1話 装備を準備しよう!

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫だって! 冒険者やってるから、ちゃんと分かるよ」

 アンが皆から預かった支度金の入った財布を握りしめて反論する。


「同じパーティーの仲間を信用してくれよ。アン、早く行こうぜ!」


 ミアはアンにそう呼びかけると、まるで褐色の弾丸のように冒険者ギルドの扉から飛び出していった。


「ミア、待ってよう!」


 アンもまた弾丸のように外へ飛び出していった。


「ふう、あいつら大丈夫かな……?」


「とーちゃん、心配?」

 

 テーブルに座っていたかーちゃんが私を見上げて話しかけてきた。


「ああ、装備からロープやランタンなどの雑貨までの買い出しを2人に任せてしまったからな」

「あの二人だって冒険者として経験があるのでしょう? そのへんはちゃんとしてくれるわ」

「ううむ……。流石に下手なことはしないか」

「それに、私達全員で集めた支度金は潤沢ではないから、買えるものが限られるはずよ」

「そうだな。せいぜいショートソードやメイス、革鎧あたりを人数分買えればいいほうか」


 かーちゃんは前組んでいたパーティーからのつき合いで、プリーストらしい落ち着きがある。

 あ、『かーちゃん』というのはもちろんあだ名だ。現パーティーで年長者でオカンっぽいいう理由でのあだ名だそうだ。かーちゃんに対して、私は男っぽいからという理由で『とーちゃん』と呼ばれている。

 って、かーちゃんも私を『とーちゃん』と呼ぶのか……。


「ところで、シュネーは一緒に行かなかったのか?」


「数人の装備を調達するのに大人数で行く必要はないですよ」

 本と銀色の前髪との間からけだるげにこちらに視線をやって答えると、再び本に視線を戻し読書を続けた。


「それに私はジョブが魔術師なんで、武具を見る時間はどちらかというと無駄ですから」

「そうだ、魔術師だったな。スマン、忘れてたよ」

「まあ、いいですよ。それより暇なら、ポーカーでもやります? お昼ご飯でも賭けません?」

「いいわね。やりましょうよ、とーちゃん?」

「かーちゃんが乗り気なのか。よし、やるか」


 テーブルにつき、カードを配られるのを待ちながら、なぜ装備の買い出しをすることになったのかを思い出していた。冒険者たるものモンスター退治など戦闘はつきものであり、装備は命を預ける存在である。

 本来、装備を全て失うことはあり得ないことなのだ。


「私は1枚チェンジですね。かーちゃんは?」

「私は2枚チェンジで」


 そう、私とかーちゃんが以前所属していたパーティーで遺跡で探索をしていたとき、予想以上の強敵と罠に装備は破壊されてしまい、荷物を捨てて命からがら逃げのびてきたのだ。敵の強さを見誤ったこと、罠の調査と解除を失敗したという冒険者として致命的なミスをしてもパーティー全員命があっただけ儲けものだが、依頼の失敗を機にパーティーの絆にヒビが入ってしまい、パーティーも解散の憂き目にあってしまった。


「私は4枚チェンジで」

「とーちゃん、ハズレですか? 4枚チェンジじゃあ、結構なバクチですね。フフッ」

「ああ、そうだよ。だが、良いのが来るさ」


 そして、私とかーちゃんが2人でメンバーを募集しているパーティーを探していたところ、魔王討伐を目指す3人に誘われて現在に至ると。

 いや、待てよ。魔王討伐を目指すなら、命を預ける装備をなぜあいつらに任せてしまったのか。考えが頭をよぎったところで、勢いよくギルドの扉が開き、元気な声が飛び込んできた。


「ただいまー! 買ってきたよ!」

「任務完了だぜ!」


「おかえりなさい。ちょうどお昼ね」

「かーちゃん、お昼ご飯よりも買ってきたのを見て!」

 

 走って帰ってきたのだろう、息を弾ませながらアンとミアの2人は疲れなど知らないという風に目を輝かせながら、買ってきたものをテーブルに広げだした。


「え? これは何だ?」

 私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。何故ならば、アンが出したものが武器なのか全く分からない物だったからだ。その形状は何とも説明しようがないというか、持ち手から伸びた棒の先は丸い輪となり、その輪の中には網が張っている。


「それはバドミントンのラケット」

「バドミントン!?」

「あっ、違うよ。打撃武器だよ」

「おい、バドミントンって言ったな。てか、バドミントンって何だよ?」


「バドミントンというのは、ラケットという道具を使って羽根を打ち合うスポーツです」

 

 テーブルに出されたモノを脇で見ていたシュネーが解説に入ってくれた。


「シュネー知っているのか!? ん、ラケットということは、これは武器じゃないじゃないか!」

「違うよ、れっきとした打撃武器だよ。暇なときにバドミントンができる機能がついてる……」

「実質、バドミントンのラケットじゃないか!」

「大丈夫、軽くて強いし! それにシャトルを使えば遠距離攻撃もできるよ! 失くさないでほしいけど……」

「こんなん武器になるわけないだろう!」


「まあまあ、アンよ。とーちゃんにバドミントンは上級者すぎるぜ。ここは、オレの買ってきたものを見てもらおう」


 言い争いをしていた私とアンの2人の間に、ミアがなぜか得意げに割り込んできた。そして、メイスのような金属でできたものを手渡してきた。


「ほう……。 メイスにしては、凹凸もなく、ツルツルとしているし、軽すぎる気もするが、さっきのバドミントンのラケットとやらに比べたら全然いいな」

「ふふん、オレの目利きはすげえだろ?」

「ああ、さっきのラケットでどうなるかと思ったが、まあいい方じゃないか」

「ズルい! ミアのだって、野球のバットじゃないか!」


 バドミントンのラケットを否定されて、よほど悔しかったのかアンが顔を真っ赤にして怒り出した。


「あっ、馬鹿! 野球って言うなって!」

「おい、野球ってまた何かのスポーツとやらの道具なのか?」


「ええ、そのバットで投げた球を打ったり、取ったりするスポーツです。雑な説明ですが」

 

 私が無意識に解説を期待してシュネーのほうを振り向くと、即座に解説が返ってきた。流石、魔術師らしい知識の塊というか、いやまだ謎の雑学の知識しか出てないが。


「とーちゃん心配ないって。バットは打撃武器としても優秀だから、問題ないぜ」

「問題大ありだ! 普通にメイスあたりを買ってくればいいものを、ラケットやらバットなどの訳の分からないものを買ってきて!」

「訳の分からないものじゃないよ! ちゃんとした武器だって!」


「あら、これ可愛いわね」

 私達3人がバットが武器かどうかでケンカしていると、かーちゃんが何か見つけたのだろうか、アンとミアが買ってきたものから何か広げていた。


「流石かーちゃん、お目が高い! それはオレ達勇者パーティーとしてのユニフォームだぜ!」

「え、ユニフォーム!?」


 かーちゃんが持っているユニフォームと呼ばれるもの、それは薄い布でできた袖の短い服と丈が半分くらいのズボンのような服であった。


「おい、まさかこれは防具だって言い張るんじゃないだろうな?」

「え、防具だけど?」

「こんな薄っぺらい布きれのどこが防具なんだ?」

「薄くても伸縮性、動きやすさ、軽さ、通気性、速乾性に優れてるんだけど?」

「どの要素も防御力に結びつかないのはなんでだ!?」

「白地にピンクや赤で模様入れてるのね。これデザインはいいわね」


 かーちゃんまでこいつらに毒されないでくれ。せめて、ローブあたりだったら褒めてもいいのだが、ローブですらないんだ。かーちゃんも怒ってくれ、頼む。


「かーちゃん、いいでしょ? 可愛いデザインになるように頼んだんだ」

「オレは黒や青色にして、カッコイイほうが良かったけどなぁ」


「よーし、そのユニフォームやらラケットやらは下取りしてもらおう。んで、元より少ないけど、装備を買い直すぞ」

「え、無理だよ。ユニフォームとか勇者パーティーとしてネーム入れてもらったんだけど?」

「は!? 下取りしても価値下がっちゃうじゃないか!」

「とーちゃん、心配すんな! 魔王を倒して、県大会、全国大会と制覇すれば価値が上がるから! 高額転売できるから!」

「え!? 魔王討伐はおまけか!?」


 2人が買ってきたものは、バドミントンのラケット2本、野球のバット1本、全員分のユニフォーム、あと野球のグローブとかいう妙ちくりんな籠手が1つという有様だった。

 何ということだ、初期装備が揃うはずなのに初期装備がない、いやそれ以上に装備ですらないものが揃ってしまった。しかも、支度金の残りはゼロ。お金の残りはあるが、宿泊代や食事代のことを考えるともう装備を買うことはできない。

 魔王討伐どころか、モンスター退治もままならない状況に陥ってしまった。これからの冒険者としての仕事、明日のことを考えると不安しかない。


「ごめん、とーちゃん」

「アン……」


 流石に、装備でないものばかり買ってきたというのは気が咎めるのか。反省するなら、もう少しパーティーの一員としてつき合ってやるか。戦闘がなさそうな依頼を何件かこなせば、装備を買い直すくらいのお金を貯めることができる。


「今度は、とーちゃんの好きそうなバレーボールかサッカーにするよ」


「もう、スポーツ禁止!!」

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