幕間 1
——あれは四年前。ぼくたちが八歳になる年の冬だった。
普段から明るくて人気者の遥は同学年だけでなく、上級生や下級生たちからも慕われていた。だがいつの頃からか、遥は日に日に元気を無くしていった。あれほど明るかったのにどうしたんだろう。ぼくは遥に直接尋ねた。遥はその時ばかりはいつもと同じような調子で、
「んーん、何にもないよ。単純に、最近遊びすぎてたから疲れちゃったのかな?」
と笑いながら言った。他の人だったらそれで納得しただろう。しかし小さい頃から一緒にいるぼくには、いつも通りの遥のようには見えなかった。
その数日後、原因が発覚する。ぼくは遥の習い事が終わった後、公園で一緒に遊ぶ約束をしていた。恥ずかしながら、ぼくは遅れて公園に行った。誕生日に買ってもらったその当時大人気の家庭用ゲームに夢中で、時間をすっかり忘れていた。何はともあれ、ぼくが公園に着くと同時に、目を見張る出来事が待ち受けていた。
あの人たちはその当時の小学六年生だろうか。遥が複数人に囲まれて、殴る蹴るの暴行を受けていた。ぼくは気付くと声にならない叫びを上げていた。と同時に全力で疾走する。遥の前に立ち、問答無用で拳を振り上げる。だが、やはり多勢に無勢。奇襲した当初はなんとかなったものの、体勢を立て直するや否や逆にこちらが劣勢になった。それでもぼくは一歩も引くことはなかった。後ろの遥を守るために。膝をついては立ち上がり、倒れては起き上がり。ぼくが介入してどのくらい経ったか覚えていないが、上級生たちは諦めて公園から立ち去っていった。
それからというものの、遥はかつての明るさを取り戻した。いや、前以上に。今思えば、あの時の遥は相当な無理をしていたのだろう。ぼくに悟られないようにするために。……ぼくの知らないところで、上級生たちの遥苛めはなお続いていた。しかもぼくが助けようとした事も影響してか、日に日にエスカレートしていったようだった。介入したときから様子が変わったことに、なぜ気付かなかったのだろう。気付きさえすれば、遥はあんなに辛い思いをしなくても済んだのに。……いや、ぼくが気付いたところで、何もすることができなかったのではないか。できてせいぜいサンドバッグくらいだ。ぼくは非力なんだ。
遥が公園で苛められていた日から、丁度二週間経った日のこと。ぼくと母さんが家で昼食を食べていると、母さんのスマホが鳴り響いた。応答した母さんの顔が、みるみるうちに青ざめていく。母さん曰く、電話の相手は遥の母さんで、遥が真冬の川に落ちて溺れた、とのことだった。ぼくたちは急いで病院に向かった。
病院に着いてすぐに病室に駆け込んだ。遥はベッドに横たわり、呼吸器を付けられていた。心電図の機械的な電子音だけが静かな病室に響く。ぼくは遥を抱きしめた。どうしてこんなことになったんだ。ぼくにもっと力があれば。後悔と悔しさでいっぱいになった時、気付いてしまった。遥のあざが二週間前よりも増えていることに。ふとあの上級生たちの顔が思い浮かんだ。あいつらか。あいつらなのか。
ぼくは自分自身に怒りを覚えた。なぜ苛めをやめさせられなかったのだろう。なぜあの公園で最後に出来なかったのだろうと。ぼくは決意して、声を絞り出した。
「大丈夫。遥はきっと目覚める。その時までにぼくが……」
続く言葉は飲み込んで、ぼくは病室を飛び出した——
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