第20夜 我が夜の

 今日の事はまだいい。

 昨日の事は、忘れるに限る。

 努力して。

 鳥が鳴く声で起きる日が、数日前から続いている。

 春の花や、夏の花で季節を感じたことはあっても、鳥に季節を感じる日が来るなんて。

 驚いている。

 そして、感謝している。

 変わっていく、変わらない営みに。

 去年のことは、遠い思い出だ。

 思い出は、遠ざかるほどに、感情は薄れていく。

 例え、記憶が鮮明だとしても。

 それにも感謝だ。

 あんまり昔のことを思い出すと、死にたくなる。

 まあ、いつか死ぬわけだが、それで死ぬのとは、言葉が同じでも意味が違う。

 人生は、実にややこしい。

 深い、なんて安易に言うもんじゃない。

 深さは、瞬間に訪れる。

 人間世界はややこしく作られている。

 だから、いつか死ぬために、過去を塗りつぶさなくてはならない。

 他ならぬ、自らの手で。

 少しくどいかな?

 察してくれ。

 恥ずかしいんだ。

 レイリと別れたのは、彼女の誕生日のすぐ後だった。

 良くある話だ。

 イベントの前後。

 または、イベントとイベントの間。

 秋が深まって、さあ、次は冬が来るぞ、そういう季節。

 それと共に、戦争の気配も日に日に色濃くなっていた。

 夏ごろには、小さな記事だった小競り合いが、後ろのページから這い寄る様に一面に近づいて来てた。

 正直言うと、誕生日の前からレイリの様子はおかしかった。

 だが、そういう場合、あまり突いてはいけない。

 明らかに割れそうな風船は、そっと運ぶ。

 そして、辿り着いた場所で針をさす。

 自分一人で後処理を出来る場所を探すんだ。

 それがお互いの暗黙の了解だったと思う。

 誕生日は、それなりに盛り上がった。

 それなりに、だ。

 どんなにはしゃいでいても、何かが気になって、気づけばその事を考えてるってこと、あるだろう?

 久しぶりにおしゃれして、街のレストラン(有り金で行ける最高の店)で飯を食い、ワインを飲んだ。

 俺は彼女が欲しがっていた時計をプレゼントした。

 彼女はありがとう、と言ってくれたが、時計を付けはしなかった。

 売りはしないだろう。

 そういう女じゃない。

 俺はワインを2本頼み、1本はほとんど自分で開けた。 

 そして、酔ったふりをして、寝た。

 起きたら彼女はいなかった。

 手紙?

 あったさ。

 少しの間、実家に帰る、そう書いてあったよ?

 それきり、会っていない。 

 俺に愛想をつかした訳じゃないと信じている。

 信じさせてくれ。

 感情を正確に伝えるのは難しいが、分かるほどに感じるんだ。

 ただ。

 俺との将来に何も見えなかったんだと思う。

 それは間違いない。

 なぜなら、俺もそうだから。

 彼女と過ごす未来を夢見なかったと言えば、それは嘘だ。

 だが、何度考えても、彼女を幸せにできるとは思えなかった。

 それでも、2人一緒似れば、それで良かった。

 多分、二人共に。

 だが、戦争という風が吹き、冬が近づき、彼女は行ってしまった。

 太陽が去り、夜になると、闇が訪れた。

 俺にも、きっと彼女にも。

 俺は何も変わらない素振りで手紙を書いたが、冬の風と共に来た、彼女からのハガキは、手にした時から冷たかった。

 それでも、内容は暖かかったよ。

 まだ、俺の事は大切に思ってる。

 だから、少し考えたいの。

 独りで。

 な?

 俺がこの世で一番嫌なのは、自分が傷つくことじゃない。

 俺が好きな人が、俺のことで悩んだり、苦しんだりすることなんだ。

 そして、それは、好きに比例する。

 つまり、彼女はそのカテゴリーの最上級だ。

 いや、そんなもんじゃない。

 俺は…

 

 彼女を愛していた。 


 過去を塗りつぶす。

 

 自分の手で。


 努力して。


 そして春を待つ。


 意味、分かるかい?

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