第19夜 回り続ける

 全てが回り続ける。

 苦しいほどに。

 年が明けただの、春が近いだの誰が言った?

 なんだこの雪の降り方は?

 まるで年末の振り方じゃないか!

 実はまだ12月で、1月以降の記憶は、全部悪い夢だったりしてな。

 昔なら、それならそれで、と済ませたが、それじゃ困る。

 全部を夢には出来ないんだ。

 40過ぎて不惑の意味が分からない。

 最近殊更頭がモヤモヤする。

 フワフワでも、曖昧模糊でもない。

 イライラに近い、モヤモヤ。

 10代、20代ならモヤモヤするのは決まって心のどこかだったが、やはり歳を重ねると、いや、取ると変わるもんは変わるらしい。

 背中の軋みや、目の疲れがそれをなんとなく教えてくれる。

 はっきりとは分からない。

 夏休み明け友人の様に、急に背が伸びたのに驚く、それは遠い日の特権なのだ。

 遠く遠く。

 すべては、あの日見た花火のように。 

 俺はいつの間にか、花火ではなく、大人のおもちゃで遊ぶ年齢になった。

 「これから始まる世界は不安がいっぱい。大人は危険な動物だし、場合によっては人も殺すぜ」

 好きな歌の一節だ。

 ヤケにあの頃の歌が思い出される。

 口をついて出る。

 あるいは、そういう歌と共に思い出される時代が、人生の分岐点だったのかもしれない。

 思い当る節はあるかい?

 俺はそう思う。

 あの頃ああしてれば、そういう思い出は、いつも歌と共に在る。

 最近はめっきり気に入る歌がない。

 歌が聞こえない。 

 一年で少しでも心がグッと来るのを感じるのは、定番の歌が街のどこかで聞こえた時だけだ。

 例えば、クリスマスソング。

 今年の(俺の生きている時間が正しくて、今が2月前なら)クリスマスはあと10か月先だ。

 だが、今年のクリスマスは、彼女はもういない。

 そして、俺には二度と、グッとくるクリスマスは来ない。

 それは、分かっている。 

 今日の鳥の数や、明日の鳥の数さえ分からないけど、もっと先の事は分かるのさ。

 案外そんなもんだよ。

 「まず僕は壊す

  退屈な人生 さよなら

  君に 誰よりも 優しい 口づけを

  アンコールはない」

 唇だけで歌うように口ずさむ。

 やけに距離を取って、2羽の鳥が塔に近づいて来ている。

 1羽目は、精悍な顔つきをした黒髪の男だ。

 右、いや、左の頬に傷がある。

 目が、とってもクレバーだ。

 おおよそ、兵隊には見えない。

 かといって、医者にも見えない。

 弁護士か、教師か。

 下からは見えない角度(これは秘密の場所だから、さすがにあんたらにも教えられない)からスコープを覗き込んでるのに、一瞬目が合った気がして、思わず後ろの暗がりに下がる。

 どうする?

 これまでのセオリー通りなら、後ろの間抜け面、前の鋭い目つきの男。

 だが、手前の男が想像以上の手強さだったら?

 1発目の銃声と共に、塔の死角に逃げ込まれたら?

 それは…困る。

 とびきり邪悪な毒蛇と共に暗い密室で過ごすようなもんだ。

 それに…

 もし、配達係がのこのこと現れたら?

 あいつなんて、人生のことをほとんど何も知らないじゃないか。

 好きな女の子の手に偶然触れただけで次の日寝坊するタイプだぞ?

 それに…それに…

 もし、村に、街にあいつが辿り着いたら?

 犯しはしないだろうが、誰かを殺すだろうか?

 殺すかもしれない。

 人は、自分を守るために人を殺すことが出来る生き物だ。

 ちょっとだけ目を閉じて、すぐに開いた。

 スコープの中のやつと目が合った。

 引き金は簡単に弾けた。

 次は、間抜けづらを視界に収めて、トリガーを絞った。

 溜め息を吐いて、こめかみを揉んだ。

 優しい口づけ、か。

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