第18夜 問いかけと答え
ズドン。
ハロー。
スコープ越しにこんにちは!
ねえ、あんた、今どんな気分だい?
ズドン。
痛っ!
頭の右上から首にかけて痛みが走る。
痛みを逃がすように、はあはあと大きく口を開けて息を吐いてみる。
途端に喉にのイガイガが抑えきれなくなって、ゲホゲホと咳が出た。
涙が勝手に頬を伝う。
体が熱い。
空気は冷気だというのに。
ヤケに汗が出る。
もう何度目か、窓べりに置いて冷やしたタオルで額と首筋を拭き、そのまま首の後ろに巻いた。
背中が汗でびっしょりだ。
ゴホゴホ。
意志と関係なく、咳が出る。
これは、あれだな。
熱があるな。
それは認めよう。
だが、それ以上ではない。
多少しんどいし、油断するとすぐに横になって目を閉じたくなるが、それは危険だ。
今朝は西の方で火薬音がした気がする。
演習ではないだろう。
冬場に無駄な火薬はない。
小競り合いだとして、脱走する奴は今日する。
夜に脱走する奴は意外に少ない。
それは、運だったり、特別な日だったりする。
するなら昼間。
戦闘中。
混乱の中で、這いつくばったり死んだふりして隊を抜ける。
上手く行けば、死んで除隊扱い。
新天地で生まれ変わるって寸法だ。
だから、今日は、鳥が、来る。
2、3日前から喉の調子はおかしかったが、大方煙草と酒の珈琲のトリプルセットに付いて来るおまけだとばかり思っていた。
そういえば、配達係が、俺の咳を聞いて、眉をしかめてたっけ。
ハハッ。
こんなにも、体はだるいのに、脳がやけに明るくて困る。
そして、脳がおかしなことを考える度に、腹が立つほどの痛みと、咳が出る。
勘弁して欲しい。
少なくとも、日が暮れるまでは、窓辺に張り付いていなくては。
ここまで来て、情けない死に様だけは勘弁だ。
あとひと月と半分ほどで春が来る。
待ちわびた、春が。
その考えにしがみ付きたいのに、脳のどこかがおかしいなことを考えたがる。
窓べりに積もった雪を鷲掴みにして、額に当てる。
普段ならそんなことはしない。
外から見て、不自然だから。
直に当てるには、雪は少し冷たすぎたが、思考はクリアになった。
何の話だっけ?
そう、スコープ越しにこんにちは、だ。
誰かに何かを問いかけるとき、考えて欲しいことがある。
それは、答えを求めるな、だ。
あんたら、誰かに何かをクエスチョンマーク付きで聞くとき、たいがい自分の想像している答えを期待してるだろう?
だが、それはフェアーじゃない。
問いかけた問いに、返ってきた答えがあんたの想像と違っても、腹を立てちゃあいけない。
その答えを、そのまま受け止めろよ、まずは。
それがどんなにあんたの思う答えと違ってもな。
ズドン。
3羽目。
ハアハア言ってるうちに、もう、日が暮れる。
居るかいないか知らんが、神に感謝だ。
今の頭の痛みと、もう這いつくばるしかないダルさの中では、悪魔にだって感謝するよ。
痛む関節から意識を逸らして、いつ吐いてもいいように、少しづつ戸口近くのテーブルに向かう。
そこには、配達係が置いていったバスケットが置いてある。
中には、酒が、運が良ければ新しい煙草も。
酒も煙草も止めないのかって?
馬鹿いえ、こんな俺の傍にいつもいてくれる忠実な友達を捨てられるかよ。
そう言えば、3日前に配達係が来た時、やつに聞いたんだ。
「殺菌作用が強そうな酒はないか?」って。
そしたらやつはこう言った。
「きれいな水と、牛乳なら少し」
参ったね。
もちろん、俺が悪いのさ。
質問には、期待が混ざったら、まず答えはナイン、だ。
ようやく、テーブルに辿り着く。
テーブルの端に手をついて、体を引き上げるようによじ登り、バスケットを覗き込むんじゃなく、床に引き下ろした。
だらしなく床に肘をついて、中を覗き込む。
酒、煙草、食料、そして布に包まれた箱と紙切れ。
紙切れ?
薄暗い部屋の、更に薄暗いバスケットから紙切れを取り出し、竈の火の前で裏返してみた。
「酒はいつものやつしか手に入りませんでした。その代わりにいい薬がみつかったので、入れておきます。熱と痛みに効くそうです。煙草も、いつもより一箱多く入れましたが、まずはリンゴを食べてください」
………参ったね…勘弁してくれ。
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