第21夜 素晴らしい朝

 完璧に美しい物などない。

 完璧に美しいと言い切れるものだけだ。 

 今日の朝は、そんな朝だった。

 昨日までの頬を切るような風ではなく、優しく撫でるようでいて、それでいて自立を促すような風。

 程よい温度感に、滑らかな野鳥の声。

 遠くに見える川面は、流れる水も穏やかだ。

 空気は肺に入れても痛くない。

 淹れたての珈琲より、ずっと旨く、良い香りがする。

 こういう朝に、うなされることなく目が覚めた俺は、運がいい。

 限られた時間の中身は、少しでも良い思い出で埋めるべきだ。

 配達係は、いつもは午後か、夕方遅くに来るが、今日は午前中の真ん中あたりに現れた。

 俺宛の支給物をテーブルに置く。

 酒、煙草、パンや野菜、果物に干し肉。

 そしてチョコレート。

 一応、誰からか聞いてみた。

 村の女どもから、だと言う。

 次いで、俺宛の手紙がないか尋ねた。

 配達係は、小首を傾げた後、首を振った。

 そうか、と言う俺に、奴はすいません、と言った。

 何も謝ることはない、そう言って、チョコレートを差し出した。

 配達係は、一瞬戸惑ったが、おずおずと手を伸ばし、再び、すいませんと言った。

 俺は黙って、追い払うように手を振ってやった。

 それじゃあ…そう言って戸口に手を掛けた配達係が、あっ、と思い出したような声を出して振り返った。

 どうした?

 俺は、口に咥えた煙草に火を点けかけた手を止めて、奴を見た。

 配達係は、俺が喜ぶと思ったんだろう。

 大きな目を細くして言った。

 戦争が終わるかも知れませんよ、と。

 初めて聞くセリフではないし、何度聞いても何かが変わるセリフではない。

 いつもなら黙って煙草を吸って奴に背を向けるか、虫の居所が悪かったら、煙草の煙を奴の顔に吹きかけて、じっと見つめてやっただろう。

 それでも、素晴らしい朝に変わりはない。

 俺は、そうか、と言って頷いてやった。

 サービスはここまで。

 配達係はまだ無駄口を叩きたそうだったが、俺はこれ以上はごめんだった。

 咥え煙草のまま、黙って銃を手にして窓際に歩いた。

 何も変わらない、劇的には何も変わらない日常を、ただ目標に向かって生きるために。

 後ろで戸が閉まる乾いた音がした。

 静寂が完全なものになるまでの間、そのまま立ち尽くして、それから後ろを振り返った。

 壁に書かれた82羽の鳥が、笑っている人の顔に見えた。

 

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