第13夜 近づいて遠ざかる
朝の訪れが、早くなって来ている。
俺はソワソワする。
スコープ越しに外の景色を見る。
俺の目は、遠くを見ることになる。
近くて、遠い。
あらゆるものは、全て、近くて遠いモノ。
手を伸ばして触れられる距離にあったとしても、全てに触れられる訳じゃないし、極端に言えば、この世の全ての物は、俺のものじゃない。
右肩を軸に、思い思いにピンポイントで景色を楽しむ。
そんなに楽しいかって?
あんたら恵まれすぎてるのさ。
歳を取るのと同じ。
視界は狭まる。
そしたら、目に見えるモノを愛するのさ。
この世の果てみたいな場所で、他にすることがなかったら、同じことするぜ?
30クローネ賭けようか?
あんたは金じゃなくていい。
俺が勝ったら、今日一日を過ごすのに足りるだけの、愉快な話を聞かせてくれ。
やはり、春が近づいて来ている。
鳥が多い。
おっと、ホンモノの鳥のことだ。
紛らわしくてすまんね。
あんたが善人だったり、鳥の愛好家だったり、偽善者だったりした時のために一応言っておく。
俺は、ホンモノの鳥を撃ったことはない。
なぜならば、俺の仕事は村に武装した鳥が迷い込まないようにすることで、猟師ではないからだ。
これは俺の持論だが、人が許されるのは、食うための必要最低限の殺生だけだ。
俺は無神論者(神頼みは二日酔いの時と、好いてる女の唇を奪う時だけ)だし、学もない。
だが、そのルールは犯したくない。
命を奪うのは、命に対する冒涜だ。
その営みを、俺が途絶えさせるには、相当な覚悟が必要だと思う。
だから、不老不死なんかあり得ない。
生きるために食ったら最後、必ず死ぬべきなんだ。
な?
矛盾してるだろ?
ちゃんと分かってる。
分かって鳥を撃ち続けてる。
昨日撃った鳥は、まだ若い鳥だった。
金髪で、青い目をした、深みは足りないが、いい男だったね。
珍しく、兵隊じゃなかった。
いや、兵隊なんだが、下士官っぽかった、そういう意味だ。
野暮ったいメットじゃなく、帽子だったし、その帽子はきちんと手入れされてた。
まあ、顔を撃ちたくなかったんで、帽子は吹き飛ぶことになったが。
可愛がられて育てられて、親の金で士官学校を出て、配属、そんなところ。
じゃなきゃ、あの歳で士官はないだろう?
スコープの中のあの、青ざめた、疲れ切った顔。
雪の中を歩くのはコツがいる。
相当へばっているみたいだった。
口を開けっ放しで呼吸をするもんだから、夜道を松明を持ちながら歩いているのと変わらない。
今はヨダレまみれの情けない顔つきだが、もてただろうな。
恋人の名前は、ハンナ?ヴェロニカ?ロミー?
いや、特定の恋人はいないタイプだな。
そこまで考えてトリガーを絞った。(余談だが、引き金を弾くというのは好きじゃない。なんていうか、仕事というより、何か思わせぶりだから)
ズドン。
仰け反って、そのまま大の字に倒れた。
そのまましばらく動きを待ったが、銃声に驚いて動いたのは、羽を持ってる鳥たちだけだった。
一人で逃げてたらしい。
まったく。
悲しい話だ。
バタバタと鳥が羽ばたく。
まったく。
羨ましい話だ。
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