第二章 【気付けばコレって……】

気付けばわりと敵だらけ(1)




「ああ……ああああヤバい、マジうざい。あと一時間もしたらまたヤツの顔拝まなきゃだよ。ってかマジ無理。種族が違うんだからもう放っといてくれよあっち行けよ寄って来んなってばボケえええええ!」 


「……彩香さ、いつの間にそんなに早杉先輩と親しくなったの?」 


 手にしたモップで幻と戦い出した彩香をひとしきり眺めた後、抑えた声でそう柚葉は切り出した。


 放課後の教室。

 清掃中とはいえ周囲への配慮も忘れない。さすがは大和撫子な親友である。


「は? ……あんた今の雄叫びちゃんと聞いてた? どこが親しいって?」


 ほらこのケガだってあいつのせいで!とばかりに包帯を巻いた手を眼前にちらつかせてやると、さらに声を落として柚葉が歩み寄ってきた。


「だって、どうにか近付こうとしてもいつの間にか躱されちゃってる、って女の子たち言ってたよ? みんな彩香を羨ましがってるくらい」

「嬉しくないし! いつの間にかいるんだよその辺に! しかもいいところで!」


 羽交い締めにされて、首根っこ掴まれて、大爆笑されて、馬鹿にされて…………どこに羨ましい要素があると!?  

 うがああっと吠えたくなる衝動をなんとか押し込める彩香に、それはそれは綺麗で屈託のない笑顔を向けて柚葉。

 

「彩香、気に入られちゃったんじゃ? そういえば公園で会った時も先輩楽しそうだったじゃない?」

「んなワケないじゃん! 瑶子さんいるんだし! そんなんじゃなく、なぜかアイツ沖田くんを――」


 言いながら、はたと固まった。

 全身一時停止したまま、眉根だけはぐにゃりと寄って……。


 ――そうだ、いくら否定してもなぜか自分が沖田ラブだという誤解は解けず(そもそもまともに取り合ってくれていないようにも思えるが)、それどころか妙にはやし立てるような言動をしてはいなかっただろうか? あの変態は。   


(沖田くんと――無駄にくっつけようとでも……? いや、まさか……。え? でも……?)


「ゆ……沖田くんを?」

「あ、あああ、いや、そ……その」


 気のせいだ。うん。そうでなければ変態が面白がって悪ふざけしてるだけとか。

 いくらなんでも大事な幼馴染と、恋愛そっちの分野にまるでお呼びでない自分なんぞに、本気で纏まってほしいなんて思うはずがない。 


「い、家が近くてずっと仲良かったらしいよ。お、沖田くんと」


 どちらにしても気軽に柚葉に言えることではない、という結論が少しだけ気分を重くした。



「俺? 呼んだ?」


 どこかの清掃を終えて戻ってきたらしく、ちょうど教室に足を踏み入れた沖田侑希が背後から声をかけてきた。

 輝きオーラを纏ったイケメン王子は今日も爽やかに注目を集めている。

 一緒に戻ってきた清掃グループのメンバーたちに軽く挨拶して別れた後、


「何の話?」


 顔はこちらに向けたまま、軽い足取りで自分の席へと向かっていく。

 

「い、いやいやいやっ何でもない。それよか教えて沖田くんっ! あの変た……アイツ! 何か弱点ないっ!? 苦手なものとかっ」

「あいつって――――もしかしなくても翔か」


 まだ何か怒ってんの?とクスクス笑いながら机から鞄を回収し、そのままロッカーへと向かう。

 床モップをあわてて片付けてゴミ捨てを他のメンバーにお願いすると、自分たちも荷物を手に取った。言うまでもなくこれから部活だ。


「とにかくギャフンと言わせたくて! 何かネタない? 恥ずかしい過去とかでもいいよっ!」


 あ、彩香……ギャフンって……と微妙に呆れ顔の柚葉をスルーしつつ、共に小走りで侑希の後を追う。


「うーん、翔の弱点かー」

「そう!」

「弱点ねー。うーん……」


 腕組みして軽く考え込んだまま、廊下を歩くこと三十秒。


(弱点ないってか、あいつ!? 完璧人間ってこと!? ますますムカつくー!)


「あ」


 怒りの炎がいっそう激しく体内を駆け巡ったところに、ぽんっと手のひらを打って侑希が振り返った。


「寒いの苦手っぽい」


「…………」


 どう?使えそう?と満面の笑みで見下ろしてくる侑希を思わずジトッと見上げる。


 そんなの、どうしろと言うのだ?       

 身ぐるみ剥いでその辺に転がしとく、とか?

 ……いや駄目だろ。さすがに犯罪だ。

 それに何といっても敵は変態。

 むしろ喜ぶかもしれないし…………やめとこう。


 つまるところ、早杉翔には指さして笑ってやれるようなネタも握れる弱みも何もないらしい。

 現時点ではヤツには勝てない、というわけで――。


「くーーーーっ! おのれ変態っ! 今に見てろっっ!?」


 彩香の雄叫びを一応の区切りとみなしたのか、ところでさ、と侑希が正面から向き直ってきた。


「俺も西野に訊きたいことがあるんだけど、いい?」

「ん?」


 軽く応えてしまってから何だが、ややあらたまった口調と真っ直ぐな視線に少々嫌な予感がした。


「何かこないだから言いかけてるよね?」


(げっ!)


「い、いえ……その、別にあれは……」


(やっぱり! ていうか今ここでその話を振るかーーー!?)   


 こ、これはもしや、今すぐ逃げなければならないパターンではないだろうか。


 なぜだろう……。

 怖くて隣を振り向けないのに、柚葉の目が静かに怒っているだろうことが手に取るようにわかるなんて。

 さすがは大親友!(……ってそんな場合じゃない) 


 妙な笑みを浮かべてじりじり後ずさる彩香に、侑希はごく爽やかに純粋に爆弾を投下した。


「引っ越しとか初恋って、あれいったい――」   

「あああああああああああああ! そ、そうだ。練習前に部長に用事があったんだ! 先行くねーーー!!」


 叫び始めから猛ダッシュをかけて、脱兎の如く彩香は二人の前から逃げ出していた。


 この後向かう先は一緒だし、その場しのぎということは重々承知だったが――。

 残念なことに、今この場面では「逃げる」一択しか浮かばなかったのである。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る