モテ族の昼休み(2)
そんな作り笑いを無理やり笑顔に変えて、柚葉が立ち上がる。
「さて。物理準備室、行ってきちゃうね」
「あ、日直か。付き合うよ?」
日直の雑務に、次の授業で使う資料を運んできておかなければならないというのがあるのだが、柚葉の相方男子が欠席なのだ。
運べないほどではないにしても、手は多いほうがいいだろう。
「ううん、大丈夫。そろそろ予鈴だし、それ早く食べちゃわないと」
当たり前のように立ち上がろうとした彩香を笑顔で制し、白く細い指は手元のポッ◯ーを指してきた。
「え、じゃ俺付き合おっか? 高瀬さん」
「いや俺が」
「いっそのこと、僕が日直代理を!」
どこで聞き耳を立てていたのかエスコート志願の男子がちらほらと追従しようとしてくる。
が、「大丈夫、軽いし」と、歩みを止めることなくドアに向かう大和撫子に笑顔で一蹴されていた。
「西野おおおおお!」
「あんなにあんなにキレイでたおやかなのに、なんで鉄壁のガード?」
いつものことながらにぎやかに泣きついてくる男生徒たちに若干面倒くささをおぼえつつ、おおすごい女子の悲鳴に負けてないな、などとのんびり構えて観察を続行する。
「もしかして高瀬さん、すでに付き合っているヤツがいるのかっ?」
「俺らはまったく眼中にないのかあああ」
「あああ、やっぱり高嶺の花ーーー!?」
「…………」
付き合っている相手はいないが……と、ポッ○ーをくわえたまま何気に天井を仰ぐ。
いくら忘れられてるとはいえ、「侑くん」に対する年季の入った想いが簡単に翻るとは思えない。
本心を秘めたまま新しい恋に走るほど強くも割り切れてもいなさそうだし、そんな状態で他の誰かと軽く遊べるような強かさももちろんない。
(とすると確かにこやつらの出番は…………一生ないかな、うん)
彼らの恋路を邪魔したいわけではないが、一番に尊重すべきはやはり親友の想いと彼女の幸せだ。
さりとて見込みのなさをそのまま伝えてあきらめるよう諭すわけにもいかず……。
「――まあ、
ぽん、と一人の肩を叩きながら激励とばかりにピンク色の箱を差し出した。
残りのポッ◯ーを分け合いながら無言で去っていく背中にやたら哀愁が漂って見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。
(沖田王子が早く思い出してくれたら済む話なんだよなー)
思わず何もない宙を睨み上げてしまう。
早いとこ纏まってくれたら、双方の外野もあきらめがつくというものだ。
それなりには時間を要するだろうが。
(柚葉もなんでもっと揺さぶってやろうと思わないんだろ? 突付けば思い出してくれるかもしれないじゃん……。それなのに逆に何もするな、って……)
さっぱりわからん、とため息をつくと同時に、やっぱ忘れてるらしいモテ男が悪い、とも思ってしまう。
何ともすっきりしない気分のまま、中庭に面した窓辺へと彩香は歩み寄る。
心も換気しなければやってられない。
半開きになっていた窓ガラスを全開にして、やわらかな陽射しとともに新鮮な風を胸いっぱいに取り込む。
予鈴間近とあって、見下ろした中庭に人は疎らだった。
(お?)
近道である中庭を突っ切って北校舎に向かう一団だろうか。
テキスト類を手にのんびりと玉砂利の上を進み行く男子数名の姿が目に入った。
ネイビータイ。三年生だ。
その中に図らずも頭半分とび出た長身男生徒を見つけてしまい、彩香の眉間にシワが寄る。
クセのない真っ黒な短髪。
片手をポケットに突っ込んだまま気怠そうに歩くあれは――。
見覚えがあるどころではない、悪名高き変態長身、早杉翔ではないか。
派手さはないがどうも目についてしまうのはやはりあの身長のせいだろうか、と眉間のシワをさらに深くしてそのまま窓枠に頬杖をついた。
何とはなしにそのまま見下ろしていると、中庭でのランチを終えて校舎に戻るところだったらしい女子生徒が三人、前方からにこやかに彼らに近付いた。
肩下までの栗色ウェーブヘアと笑顔がまぶしい真ん中の女子は、これまた見慣れた先輩――篠原瑶子である。
(ふーん、お昼は一緒に食べてるとかじゃないんだ)
まあ人それぞれ、カップルもそれぞれということだ。
先行ってんぞーとばかりに他の男生徒たちが離れ、結果早杉翔一人が女生徒たちに相対する。
何やらにこやかに言葉を交わしていたのも束の間、すぐに予鈴が鳴りだしてしまい、瑶子らが手を振りながら小走りで校舎内に駆け込んだ。
それほど別れを惜しんでいるふうではなかったのが少しだけ意外だったが、まあ付き合ってるとはいえクラスが違うとそういうもんなのかも?と薄ーい想像を膨らませている、と。
北校舎に向けて再び歩き出した翔に、今度は別方向から来たジャージ姿の女子四、五名が群らがっていた。
気安い様子からするとやはり三年女子だろうか。体育にでも向かうところなのかもしれない。
(おーおー……あっちもかい。さすが類友。おモテになるこって)
本鈴までそれほど時間があるわけではないのに、取り囲んだジャージの塊はなかなか崩れそうにない。彼女らを振り切って急ぐでもなく、翔自身もそのまま立ち話に興じている。
体育館にしてもグラウンドにしても北棟特別教室にしても、早く移動しないと遅刻するだろうに。
憮然と頬杖をついたまま、しっかしなあ……と彩香はあらためて長身の姿を見下ろした。
同じモテ族でも沖田侑希を眺めるときと違って少々イラッと感が否めないのはなぜだろうか。
爽やかモテ男のほうはフリーっぽいからいいとして――。
(
入学したての一年生にさえ伝わっているのだから、三年生の間で彼女の存在が気付かれていないわけはないだろう。
ならばなぜ?と眉間のシワも深くなる。
彼女いてもかまわないのか? 図々しいのか? それでも好きってことなのか?
けっ、わからん、と見下ろしたままさらに眉根が寄ってくるのを自覚する。
(それにしても――変態も何スか、あの腹の読めなそうな上品ぶった笑顔は? やっぱ嬉しいのか? 嬉しいんだな? 彼女いるってのにデッレデレとまー……)
身を捩って半泣きで大爆笑してる姿はどこへ隠してるんだ? などと胸中で悪態をついていると――
「!?」
心のブーイングが届いてしまったのだろうか。
ふと前触れなく早杉翔がこちらを振り仰いだ。
げっヤバイ隠れねば!と思うも、時すでに遅し。
まともに目が合ってしまったと気付いた時には、ヤツはにっと例の不敵な笑みを浮かべ、ひらひらとこちらに手を振ってきていた。
「――」
…………なぜだろう。
一気にイラッと感が増し、とっさに立ててはいけない指を立てて応じてしまった。(※良い子は真似をしてはいけません)
数瞬遅れで、わずかに身を屈めぷくくくと笑いを
(い、いかん。さすがにこれはヤバイか……)
あわてて指を引っ込めようとした瞬間、
「
――――なんということだろう。
勢い余って窓枠に手の甲を強打してしまった。
普通なら気付かれずに済むような、遥か頭上四階で繰り広げられるささやかで間抜けな自損事故(?)を、わざわざ知らしめてしまったこの大声が恨めしい。
痛みと動揺に歪めた表情を真っ赤にして打ち震える彩香に、ブハッと盛大に噴き出したかと思うと、とうとうヤツがしゃがみ込んでしまった。
「だあーっはっはっはっはっはっはっは……!」
(ち……ちっっっきしょおおおおーーー!)
「ど、どーしたの早杉くん!?」
「上に誰かいた?」
取り囲む女子たちが不思議そうに見下ろすなか、早杉翔はしつこく苦し気に肩を震わせていた。
「どしたの、西野さん? 大丈夫?」
周辺や上空を見回す女生徒たちに見つからないよう、とっさに窓枠下に屈み込んでいた彩香もまた、本鈴の鳴り響くなか、2-F生徒たちに首を傾げられていたのであった――。
(くーーーーーっ! やっぱ超ムカつくあの変態ーーー!)
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