モテ族の昼休み(1)

 



 

 ミーティングを兼ねて、部室や会議室で仲間たちと弁当を広げる者。

 安さにつられてほぼ三年生だらけの学食に潜り込む者。

 冷やかしとブーイングを受けながらも束の間の逢瀬を楽しむ恋人たち。

 昼食もそこそこに図書室にこもり勉学に勤しむ者や、我先にとボールやらラケットやらを手にグラウンドや体育館へと駆け出す者。


 ――などなど、生徒たちは五十分しかない昼休みを思い思いに過ごす。


 そんななかで2年F組内は相も変わらず人口密度が高い。

 教室で昼食をとる校内きってのイケメンを愛でる女生徒が多く、その女子に釣られて男子生徒たちもまた多く留まっているのである。

 が、やはりそればかりではなく比較的穏やかな面々が揃った良い雰囲気のクラスだからではないか、と彩香はあらためて思う。 



「なんか、ごめん」


 昼休みも終盤に差し掛かったころ。

 弁当箱を片す自分たちの机のすぐ横に立つなり、申し訳なさそうな、というよりは複雑そのものな面持ちで沖田侑希が肩をすくめた。


 突然謝られて面食らいそうになったが、自分と、そして向かい合わせた柚葉の顔を交互に見下ろしながらの謝罪ということは――。


 考えながら、デザートにと買ったいちごポッ◯ーを開封する。 


「部活のこと?」


 短く問う彩香に、侑希がうなずいた。


「練習パターンとか、これから一変させちゃうわけだし」

「そんなこと……。お、沖田くんのせいじゃ……」

「そーだよ! どう見てもあの部外者集団モブどもが悪い! 喧しすぎっ」


 珍しく素早い反応の柚葉に、健気だなあ……と内心感動しつつ、失礼集団の素行が蘇ってきて彩香はうぐぐと顔をしかめた。


 そう。

 彼が悪いわけではない。これっぽっちも。

 侑希自身もなんとなくそう感じているからこそ、微妙な表情をとるしかないのだろう。


「うん、そうとも思う。でも結局なんだかんだでみんなに迷惑かけちゃってるしなあ、って。西野もみんなもそうとう気が散ってたし。あ、サンキュ」


 食べる?とばかりに向けた袋の口から一本だけポッ◯ーを抜き取って、侑希は続ける。


「あそこに俺が居なかったら少しはマシになるんだろうけど、なんかそういう問題じゃない気もするし、やめる気もない。だから……やっぱり、ごめん」


「そこで沖田くんが謝るの変! モブ集団にこそ謝ってほしいんだけどっ!」

「そ、そうよ! やめるなんて……! 駄目! 絶対!」


 があっと吠える彩香に続いて、勢いよく柚葉がうなずいた。


「だからやめないって。珍しいね。高瀬もそんな表情カオするんだ?」


 いつもは穏やかで奥ゆかしい柚葉の妙な迫力に少しだけ驚いた後、まぶしいほどの王子スマイルがこぼれる。 


 とたんに真っ赤な顔でうつむき、もそもそとポッキーを口に運ぶ親友を「よしよし、控えめな柚葉あんたにしてはよく頑張った! 進歩進歩!」と心の中で褒めまくり、彩香は満足して爽やかモテ男を見上げた。


「でもわりと楽しみだよ? ロード。今日からかな?」

「うーん、どうだろ? グッチ先生か部長が練習直前に決めるらしいからなー」


 どこかの怖いもの知らずな小者が正面切って怒鳴りこむまでもなく、グラウンド外の度を越した声援(奇声とも言う)は前々から問題視されていたらしい。


 顧問や他の教師たちから注意を受けても大して効果はなく、熱狂的な沖田ファンにとってはどこ吹く風。

 先輩たちや壮絶美人マネージャーによって一時的に散らし黙らせることはできても、ほとぼりが冷めるとまた群がってきている。 


 そういえば、といつの間にか奇声復活していた昨日の練習後半を思い出す。

 瑶子曰く『あなたたち(何度言っても理解できない)馬鹿なの?』らしいが。


 帰り際、フェンスの向こうから自分だけもの凄い形相で睨まれたのもやっぱ気のせいじゃないよなあ……と彩香はため息をついた。かと言ってビビりも後悔もしていないが。


 だが集中できずに困っているのは実は彩香だけではなかったらしい。

 このままでは自己ベスト更新を目指すどころか冗談抜きで危ないしやってられないという声も多数あがり、せめて共通基礎走行練習の日やウォームアップ、クールダウンのジョグは敷地外に出てはどうか、と昨日の緊急ミーティングで提案があったのだ。


 いくら熱狂的ファンでもさすがに一般道までは追って来ないだろう、陸上部員の足については来られないだろう、と踏んでの措置らしい。


 曜日を固定にしてしまうと道中で待ち伏せ可能になったり、逆に外に出ないと分かりきっている日にはグラウンド内外が目も当てられない騒がしさになる恐れありとのことで、かなり面倒で不便だが、ロードワークに出るかどうかとルートの選定は当日練習直前に全部員に知らされることになった。


 安全面を考えると野外走も毎日というわけにはいかないし、共通基礎練習と専門技術練習、きっちり交互だったリズムが乱されてアスリートにとっては大迷惑この上ないが、そもそも練習に身が入らないのであれば仕方がない。

 しばらくはそれで様子を見よう、と関口顧問が決断を下したのである。 


 場合によっては専門技術練の日も、学校を出てそのまま市民グラウンドや体育館など校外施設での練習に入ることを検討しているのだという。

 リストアップ済みの施設の借り方や手続きについて、マネージャーの二人が練習後に説明を受けていた。


「……っとにもーっ! 楽しみは楽しみだけど、余計な手間かけさせやがって、あンの失礼な一年女子モブどもー!」

「まあまあまあ。でもさ、ロードワークってボクサーって感じしない? 中学の時も俺らそんな呼び方は――」

「言っちゃダメ。グッチ先生ノリノリで『戦う陸上部だ!文句あるか!』って言ってたから……」


 聞いた瞬間、頭の中がロッキーのテーマ一色になったのを思い出す。

 そういえばそうだね、と軽く笑って侑希がふと柚葉の方に視線を向けた。


「ところで俺らが外走ってる間、高瀬マネージャーたちはどうするの? 留守番?」


 そういえば聞いてなかったな、と彩香も柚葉を振り仰いだ。


「まさか後ろからあたしたちをオラオラー!って自転車で追い立てて来たりして?」


 スポ根ドラマみたいにさ、と冗談めかした予想に柚葉が瞑目したまま生真面目にうなずいた。  


「正解。サボったり遊んだりしてないか見張るように、って関口先生に言われてます」

「げー、まじー……?」

「はははは」


 がっくり肩を落とす彩香に爽やか且つ気さくな笑い声がこぼれたところで、教室入口から同じクラスの男子生徒の声が響いた。   


「おーい沖田ー、客ー」

   

 つられて振り返った先、教室ドアの外にはあまり見覚えのない女子生徒数名の姿。


 知り合いに頼んでちょっと別クラスの生徒を呼んでもらうなど、どうということもない、ごくありふれた光景だ。

 少なくとも、にぎやかだった教室内が一瞬で静まり返るほど大げさなことではない――はずである。

 呼びだされた相手が沖田侑希ではなく、待っているのが頬を染め潤んだ瞳の女生徒でなければ。


 その場にいたクラスメイト全員が息を詰めて見守るなか、遅くも速くもない至って普通の足取りで侑希が入口ドアへとたどり着く。

 中央の女生徒と何やら二、三言葉を交わした後、連れ立ってどこかへ歩き去ったとたん、それまで微妙な空気が充満していた教室内は破裂したような悲鳴と怒号に取って代わられた。   


「ちょっとちょっとちょっと、ウソー!」

「勇気あるー! アレ、隣のクラスの子だよね!?」

「やっぱ告白かなあ!?」

「じゃない? やだーやだー。沖田くん、断るよね? 断るよねえ!?」

 

 ほとんどの女生徒が涙目で口々にまくし立てている。

 恋愛エネルギーとはまったくもって凄いモンだなー、発電元にでもできたらいいのに、などと眺めていたのだが。


「断るよね!? 西野さん!?」


 うち何人かに必死の形相で振り返られたときには思わずビビってしまった。


「え、し、知らないよ……」


 陸上ラブだし断るような気はするが。


「っていうか、なんであたしに訊く……の?」

「だって仲良いし!」


「ウチの部員はみんな仲良いの」

「もーーーどうしようーー! ダメ元であたしも告ろうかなああぁ!?」

「……(聞けよ)」


 話を振っといて何だよ、とふて腐りかけるが突付くだけ無駄なようだ。

 今はそれどころではないらしい。

 わかっちゃいたけど沖田王子の見事なモテっぷりについつい乾いた笑いがもれる。へいへいご苦労さんですよ。


(ここまで騒ぎ立てろとは言わないけど……)


 未だキーキー喚いている女子たちを尻目に、ちらりと向かいの親友を見遣る。


(今この瞬間も人知れず深いため息を吐いてる誰かさんにこそ、昔の約束でも思い出でも総動員して頑張ってほしいんだけどなあ)


 心の声が通じたのか単にため息をごまかされたのか、「何も言わないで」とばかりに伏し目がちに微妙な笑みを浮かべられてしまった。






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