わかっちゃいたけどモブ凄し(3)
「?」
眉をひそめたまま振り返って、思わず「げっ」と唸ってしまう。
どす黒い怒りのオーラを漂わせて、フェンス向こうのモブ女生徒たちが睨んできていた。
「何あれ? あのミニサイズ信じらんないんだけど」
「ねー? さっきまで沖田先輩に迫ってたと思ったら今度は別なヒトにちょっかい出してるし」
「ありえなくない? どんだけ軽いの?」
(ちっっっがーーーーうっっ!)
とんでもなくありえない誤解を与えてしまったらしい。
そうか見ようによってはそう受け取られるのか、と反省しきりに、それでも面倒臭い誤解だけは解いておかねばと立ち上がりかける。
「い、いや違……あのね」
「やめとき」
またもや首根っこを掴まれて止められてしまった。
「ムダムダ。かえってヒートアップするっしょ、彩香ちゃんが行ったら」
「で、でも」
「ホレ。適任者向かってんし」
(適任者……?)
見ると、クリップボードと紙の束を手にマネージャーの瑶子が女子生徒たちの元へ歩み寄っていた。
「あなたたち馬鹿なの? これ以上懲りずにうるさく居座るなら『入部届』書いてもらうけど、どうする? 噂は聞いてると思うけど、ウチの厳しさについてこれる?」
美しい顔から飛び出る辛辣な内容に、複雑そうに顔を見合わせ始める一年女子たち。
「ああそれから、脱落者は完全に出禁だから覚えておいてね? もちろんグラウンド脇もね」
壮絶に整った笑みと追加の一言で、モブ軍団は青ざめ敗北を悟った。
名残惜しげにぱらぱら帰途につき始める者、絶対口は開かないぞという決意の表れかキュッと唇を引き結んだ居残り組、と半々に別れたといった感じだ。
「す、すごい……瑶子さん」
すごいというより今のはちょっとだけ「恐い」が近い表現かも、と彩香は思い改める。
どちらにせよ気が短く見通しも甘い、状況判断もいまいちな自分にはとうていできない芸当だ。
「相変わらず身内以外には厳しいな」
いやーお見事、とつぶやいて翔がニンマリ笑っている。
身内――部員である彩香をカバーし皆を守るために、また瑶子は動いてくれたのだ。
申し訳ないと思うと同時に、嬉しさと尊敬の念がこみ上げる。
(綺麗で強くて……やっぱステキだな)
あやかりたいと思うほど図々しくないしこれっぽっちも素地のない自分だが、せめてこれ以上迷惑かけずに済むように立ち回ろう、と決意を新たにした。
「けど……沖田くんが直接『やめてくれ』って注意したら言うこと聞くんじゃないのかな? あの子たち」
他でもない憧れの対象に、もしそんなお願いをされたなら。ひょっとして。
ほとんど独り言のようにつぶやいたセリフに、翔はノーノーと大げさに肩をすくめた。
「わかってないねえ。んなことしたらますます喜んで騒ぐし数も増えるって。『直々に注意しに来てくれたー、お話できるならもっとやっちゃえー!』って」
「ええええええ……大迷惑」
だからか、と思わず納得した。
モテ種族も実はいろいろ大変なのかもしれない。(同情はせんが)
先ほど侑希から出た「気にせず放っておく」発言も、そういう理由もあってのことだったのだろうか。
「それにしてもやけに詳しいっスね。沖田くんのことといい、女の子たちの反応といい」
「そりゃ伊達に十年近く幼馴染みやってねーし。
「いつも? 昔から?」
「うん」
「やっぱり小さいころからモテまくり?」
「まあ」
(ん? この流れは――もしかして棚ボタ的に何か聞き出せちゃったりする?!)
「じ、じゃあ、えっと……何か聞いてたり、しません?」
お、落ち着け自分、と逸る気持ちを抑え、核心に触れるべくチラリと翔を見遣る。
今度は妙な誤解をされないように適度に距離を保ちながら。
「……か、彼女がいたかどうか、とか今誰か好きなヒトがいるか、とか……その」
「それは――……グイグイ来るねえ、彩香ちゃん?」
やっぱ好きなんじゃん、と言わんばかりに翔がニンマリ顔で指差してきた。
叩き落とす勢いで目の前からその指を
「だっっから違うし! 事情があんのっ! ていうか名前で呼ばないでってば!」
「そういう女関係はなかっただろなー。あいつ中学のころから完全に陸上バカだったし」
「バカって……」
「誰が馬鹿?」
突然真後ろから響く侑希の声に、彩香が思わず「げっ」と飛び上がる。
「あら侑クン、聞いてた?」
そんな彩香とは正反対に、謎の余裕と含み笑いを見せて翔はさらに高々と口の端を上げた。
後ろめたさの欠片もないらしい。
「サボって俺の悪口?」
「イヤーン。気になる? 気になるぅ?」
「気にはなるけど、今はほら。全員集合だってさ」
指差した方向にはいつの間に来たのか関口顧問。
集合をかけつつ部長の香川と何やら話し込んでいた。
そのすぐ傍らで――。
こちらを見ていたと思われる瑶子と一瞬だけ目が合った。
直ぐさま隣から呼び掛けられ、やわらかい綺麗な笑顔で部長たちと何やらやり取りを始めてしまったが。
「――」
「西野、どした? 行こ」
「あ、う……うん」
すでに数歩先を行く侑希に促され、あわてて立ち上がる。
モブ軍団同様、早杉翔にちょっかい出してるふうにでも見えてしまったのだろうか、と気になった。
変に誤解されてなきゃいいけど、と何とも複雑な気分で重い足を動かす。
再度こっそり集合場所に目線を流すと、常と変わらない綺麗な笑顔が続々と集まりつつある部員たちを迎えていた。
もうこちらを気にするような素振りはまったく見られない。
(気にしすぎか……。何となく目が合った、ってだけかも)
そこに件の長身男生徒も到着していっそうまぶしくなった瑶子の笑顔に、思わずホッと胸を撫で下ろした。
安堵の息をつきつつも、でも何にしても気を付けなければ、とあらためて気を引き締める。
自分の恋人に不用意に近付かれて嫌な思いをしない人間はいない。当たり前だ。
いくらそういうつもりなど無いとはいえ……。
(……って。だからなんであたしがっ!? こっちから無駄に近付いたりしてませんけどっ! い……いや、確かに黙らせようとタックル的なものをかけてしまったような気はするが……。で、でもそれだって元はといえば
思い直しつつ、前方集団から頭一つ分飛び出た後ろ姿を睨みつけてやる。
そうだ、
いつの間にかその辺にいるし、小動物扱いだろうが何だろうが彼女の前でさえ気安く触ってくるし、やたらと沖田ラブにさせたがるし……。
(ちっ、あの勘違いも早いとこ訂正させねば。ああでも下手に近付いてまた変な誤解を受けたくないっ!)
おもいきりワシャワシャとショートボブを掻き乱した。
「ていうか、また邪魔されたあああ! もうちょっとで聞き出せたかもしれないのにいぃぃぃ!」
「何を?」
「何って――」
他でもない、沖田侑希の初恋の相手のことを、だ。
すぐには思い出せずめちゃめちゃ考え込んではいたが、もう少し待てばその口から柚葉の名前が出てきたのでは?と無念でならない。
それを……それをだ!
邪魔しくさってくれちゃったのだ早杉翔は!
「……って。げっ、柚葉!」
ジャージ姿で胸に数冊のファイルを抱えた柚葉が、後ろでキョトンと小首を傾げていた。
集合の知らせを受けてクラブハウス内の小会議室あたりから出てきたのだろう。
指導中と思われるマネージャー候補の一年女子四人もやや遅れてついて来ていた。
先に行ってるようにと彼女たちに指示を出して、あらためて柚葉が振り返る。
「邪魔って誰が?」
「い、いや……ええと」
ノータッチを請願されていた手前、沖田侑希本人に初恋云々を聞き出そうとしていたなどとはもちろん言えるはずもなく。
あからさまに目が泳いでいる親友に何かピンとくるものがあったらしく、柚葉の整った片眉がつり上がった。
「彩香……まさか何か企んでない?」
「えっ! べ、べべ別に何もっ? ほ、ほらっ早く行かなきゃ! 集合集合!」
おもいきり疑いの目を向けられているだろうことはわかっていたが、かと言って真実を告げて怒られる気もさらさら無い。
彩香は逃げるように駆けだした。
怒られても呆れられてもやめる気はない。
誰が何と言っても柚葉には幸せになってほしいのだ。
それが、この親友にしてやれるせめてもの恩返し。
そう思ったから。
まあでも……と彩香は微かにため息をつく。
変態情報によると、沖田侑希は中学時代も陸上一筋で彼女とか居なかったらしい。(真偽のほどは定かではないが)
つまり面倒くさい過去の女が登場!などという可能性も低そうだ。
(一応それがわかっただけでも良しとするか……)
とはいえ、その情報をどう活かしたらいいのか、そもそも本当に必要な情報であったのかさえ、恋愛分野のはみ出し者にはまるで見当がつかないのであった。
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