ぶぇっくしょいっ!……はっ、誰かが噂を?
「ぶぇっっくしょいっっ!」
「すご……風邪?」
女子高生にあるまじきクシャミを発した彩香に、嫌な顔ひとつせず柚葉はポケットティッシュを差し出した。
教室から無理やり連れ出され、この廊下の端まで引きずってこられたというのに、なんと心優しき大和撫子であろうか。
「うー……どうだろ」
昨夜は変態の残像がなかなか消えてくれず風呂場でまで暴れてしまったのだ。心当たりがないとは言えない。
あるいは誰かが噂でもしているのだろうか、と彩香は鼻をすすりつつティッシュを受け取る。
おおかた呆気にとられ教室に残されたクラスメイトたちあたりだろうが。
(しょっぱなから、凄いモノ見せちゃったなー。……まあよし!)
ちらりと背後の2-Fに向けかけた意識をスパッと断ち切る。
今はそんなこと本当に本当にどうでもいいのだ。
「そんなことよりモテ男の話を!」
くしゃくしゃに丸めた使用済みティッシュを親の敵でも見るような目つきでゴミ箱めがけて投げつけ、柚葉の両肩に取り付く。
「さあ吐け! 洗いざらい! なんで動けないのっ!?」
(大親友だと思ってたのに、まさか
まあそのショックも今はさておき!と彩香は無理やり気持ちを立て直す。
愛のキューピッド(自称)としては、これを聞かずして今後の対策を立てられようか。いや無理だ。
せっかく同じクラスになったのだ。これはもう運命なのだ。なんとしても柚葉には幸せになってもらわねばならない。
「え、えっと……話の腰を折るようで悪いんだけど……」
燃えたぎる使命感を漂わせ、煌々と不気味に輝く瞳で眼前に迫りくる彩香に、さすがに柚葉も苦笑いを隠せない。
「……なんで彩香ってそう、あたしのためなんかで燃えてくれるかな……?」
「親友に幸せになってもらいたい! それ以外に何がっ!?」
ソロリと遠慮がちに放たれる問いかけに、すぐさま返る超剛速球。
しまった、これは火に油を注いでしまったかも……という柚葉の懸念は実際もう遅かった。
「お、落ち着いて……」
「どうせ大事な隠し事されてたらしい、しょっぱい関係の親友ですけどっ!?」
ますますヒートアップする彩香に、これはもうひたすら謝るしかないかもしれない……と柚葉は口の端を引きつらせた。
「ご、ごめん。本当にごめんね。さすがに引かれちゃうかな、って思って今まで誰にも――」
「は? 何それ水くさっ。今までの付き合いはそんな薄っぺらいモン? あたしってその程度だったワケ? 柚葉にとって。――っていうかホントに話の腰折ってるよ。いいから早く! カモン!」
「…………」
西野彩香という人間は、白旗を掲げて降参しようとしている相手が見えない人種であった。
それどころか取り上げたその白旗で相手をぐるぐる巻にしたあげく、なおも追い立て追い詰めるという技も併せ持っているらしい。
そんな攻撃をまともに食らい、あらためて完全降伏して柚葉が深く吐息をもらす。
「実は……ね。小さいころを、知ってるの」
唇は力なく笑みを形作っていた。
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