爽やかイケメンと大和撫子な美少女(2)




「お? おはよう、西野。高瀬マネージャー


 後方頭上から、わずかに驚きが含まれた男子生徒の声が降ってくる。


「部活以外で会うと何か変な感じだな」


 彩香と同じスポーツバッグを肩から提げ、学生鞄と何やらA4紙の束を抱えた沖田侑希ゆうきが、にこやかに後ろ手にドアを閉めたところだった。

 爽やかイケメン登場に、教室内がにわかに沸き立つ。


 洸陵エンブレムがここまで似合う生徒が他にいるだろうか、というほど品良く濃紺ブレザーとグレーのズボンをきっちり着こなし、鮮やかで深みのあるボルドーのネクタイも良く似合っている。

 ……すでにヨレヨレの誰かとは大違いである。


(なるほど――。それで、なワケね……)


 合点がいったし、まさに自分が望んでいたとおりになったと大手を振って喜びたいところなのだが――。

 抱きついたまま震えている親友の心中を推し量り、思わず宙を仰ぐ。


(この様子じゃ確かに告白どころじゃないか……。こりゃマジであたしがどうにかしないと……)


 見ると、平静でいられなくなっていそうなのは柚葉だけではなかった。


 女子の大半は顔を赤らめ、とたんにそわそわしだすか嬉しそうにヒソヒソと何か話し込んでいる。……なんたることか涙ぐんでいる女子までいる。

 ドアが開いた瞬間、小さくはない悲鳴がいくつも上がっていたあたりからしても、やはり敵は多そうだ。

 一年前新入生代表を務めただけでなく、陸上短距離走でインターハイまで行ってしまった彼の人気はもはやとどまるところを知らない。  


 震えてる場合じゃないぞ柚葉よ……ていうかやっぱり自分が一肌も二肌も脱がねば!

 キューピッドになるべく決意を新たにした彩香であった。



「おっはー。沖田くんも寝坊?」


 首に柚葉をぶら下げたまま、爽やか王子をぐりんと見上げる。


「まさか。職員室に寄ってきた」


 自分より遅く教室に到着した侑希に少しだけ得意になってみせるが、あっけなく、しかも笑いを含みながら否定されて彩香はチッと舌打ちした。


「あ、高瀬。これ」


 そうだ、と侑希が思い出したように柚葉にプリントの束を差し出してくる。


「二年の部員全員に配っといて、って関口Tが」

「え……あ、う……うん」


 陸上部顧問からマネージャーへと仕事を言付かってきたらしい。

 おそらくは今年度の練習計画表か何かであるだろうプリントの束を、ようやく彩香から離れた柚葉がおずおずと受け取る。

 そして――少し思案して上の一部をそのまま彼に手渡した。

 一人分だけ返す、という形で。


 よく考えると少しだけ間抜けな構図に、ぷっと噴き出して侑希。


「そっか。自分の分抜いてから渡すべきだったな。サンキュ」


 爽やかに優しげに、濃茶の目が細められた。

 きゃあああ、とあちらこちらで倒れんばかりに興奮している気配を感じ取りながら、彩香が胸中でげんなり唸る。


(そのうち人死ヒトジニが出そうだな……)


 もう何というか……ちょっとした仕草も表情もいちいち絵になる、ムカつくくらいの爽やかさなのだ。

 これで中身も普通に良いヤツときたら、男子連中ももうお手上げなのだろう。浮いた噂どころか悪口の一つも実は聞こえてきたことがない。本当に奇跡のイケメンなのだ。


(……ほら、やっぱりほら! お似合いじゃないか!)


 すでに友達と思しきクラスメイトたちも男女入り混じって自分たちの――彼の周りに集まりつつあるなかで。

 彩香の脳内意識は自然にたった二人にのみ焦点を当て始める。

 片や学年一、いや学校一の爽やかイケメンアスリートと、これぞ大和撫子!と世界に配信しまくりたいレベルのサラサラ黒髪美少女。額縁に入れて飾っておきたいくらい見応えのあるツーショットだと、何度見ても思う。


(くーーーっ! コレだよコレ! キミたち、やっぱりくっつくべきなんだよーーーっ!)


 周囲のモブはさておき、くっついて然るべき見目麗しい二人をある種の(アブナイ)感動の眼差しで眺めつつ悶えつつ、彩香もまた柚葉から差し出された一部を受け取った。

 見ると現時点での練習計画表と部員名簿の綴りらしい。見出しには「案」と「仮」が付いている。


「あとは……居ないか。陸部この三人だけだな」


 このクラスには、と付け加えながら侑希がぐるりと教室内を見回した。

 自分たちの学年には十二人しか居ないのだから、まあ集まったほうだろうと彩香は思う。

 後で柚葉が別クラスの部員に渡しに行くときはつき合うとして――


(……ん?)


 そこまで考えて、ふと、何かが記憶の片隅に触れた気がした。


(あれ……? そういえばあたし――何か、忘れてない……?)


 しかも、とてつもなく大事なことだったような気がする。

 何だっただろうか。


「けど。西野と一緒ってことは、今年の体育祭はもらったな」


 表面に浮かび上がりかけた「何か」を追って必死に記憶をほじくり返し始める彩香に気付かず、満面の笑みで爽やかマンが見下ろしてきた。


「おー体育祭か。沖田おまえいるしな」


 嬉しそうに肩を組んでくる男子生徒とそれにうなずき返す侑希を視界の端に留め置きながら、彩香は慎重に記憶の糸を手繰り寄せようとする。


「けど、おまえら陸部ってリレーは出らんねーよな?」

「学年のはね。でも縦割混合ならいける」


 残念そうな一人の声に、心配ないとばかりに笑って侑希。


「西野だろ? 俺だろ? 3-Fに渡辺先輩いるらしいから……あと一年生から誰か、だな」


 学年の垣根を取り払った八クラス対抗男女混合リレー。体育祭の大目玉でもあるその競技に、指折り数える侑希の脳内では彩香もすでにメンバーとして組み入れられているらしい。

 そういえば去年は、いい具合に陸上部員がバラけてしまっていて、サッカー部か野球部あたりが集中していたどこかのクラスが圧勝したのだ。確か。


 うっすらと昨年度の体育祭を思い返していた彩香だったが、そうじゃなくて!と我に返る。

 それよりも今は「大事な何か」を思い出すことが先決だ。


「へー、西野ってそんなに速かったの?」

「速いよ。去年だってリレー出てたじゃん彩香」

「すげえ。じゃウチ、今年は結構イケちゃう!?」


 侑希らの話を一通り聞き終え、ようやく雰囲気に乗って呑気に喜びだす二年連続クラスメイトたち。


(今年は、か……)


 今年こそと思ったことなら他にもあったな確か――と、またもや脱線してしまっ……たかと思いきや。


「……!」


 先ほど記憶をかすめたが、一瞬にして鮮やかに蘇ってきた。




「ああああああああああああああっっっ!!」




 気が付くと、少なくともこの階全域には響き渡っただろうと思えるほどの声量でおもいきり叫んでしまっていた。


「西野、声デカ……」

「な、なに!?」

「すげぇ……」


 至近距離にいた侑希やクラスメイトたちが倒れんばかりに耳を塞いで硬直しているなか。


「柚葉っ!」


 ばっきり目を見開いていた彩香が、グワシッ!と効果音が付きそうな勢いで親友の片腕を掴みあげた。


「すっっっっかり忘れてた! 昨日の続きっ!」


 言い終わらないうちに、足はすでに外の廊下を目指している。


「え……あ、ええ……っ!? い、今?」


 自分より10センチ以上低いはずの相手にズルズル引きずられるハメになって、思わず上ずった声をあげる柚葉。

 もちろん聞こえてはいたが正直構ってなどいられない。

 少なくとも彩香にとっては、始業式などブッチしてでも聞き出さねばならない大事な大事な話があったのだ。


 そう。昨日映画を観た後の、公園でしていた話。

 柚葉曰く、このモテ男を見つめるだけで一歩も前に踏み出せないのには何やら理由ワケがあるのだと。

 今まで内緒にされていた(!)その理由とやらを、だったら何が何でも聞き出さねば、と確か自分は意気込んで……

 そこで、意図せず話は立ち消えになっていたはず――。


 あの変態に蹴躓けつまずいてしまったせいで!


(ちっきしょおおおおっ! 変態! またしてもオマエかっ! やはり許さんっ)


「で、でも……もうすぐ始業式――」

「あと五分あるっ!」

 

 クラスメイトたちが呆気にとられて見守るなか、利かん気なチワワはキャンキャン吠えながら、毛並みも立派な賢しいコリー犬を引きずって教室を後にしたのであった。  





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