○○○○に遭遇してしまった日(2)




 昔から、事あるごとに他の人間と比べられたものだった。

 幼少のころは姉と。


 ――『あらー花織かおりちゃんったらなんて可愛いのおー。美人さんになるわよー』

 ――『まあー彩香ちゃんってば本当に元気いっぱいねー。とっても元気ーーー』


 元気。結構ではないか。どうして二回言ったんだろう?

 ――――と当時は純粋に疑問だったが、他に自分を形容できる良さげな言葉が見当たらなかったのだろう、と今なら理解できる。

 それでも親戚のおじちゃんおばちゃん連中が会う度そうして平和的に(?)刷り込んでくれたおかげで、物心ついたころには「なるほど……」と、己の見てくれというものに対してあきらめとある種の覚悟――のようなものがすでに備わっていたような気がする。


 有難いことだと思う。

 いや、ヒネてなどいない。

 己を知らないイタいタイプの勘違い人間に育たずに済んだと思えば、本当に感謝の一言に尽きる。

 

 そのおかげか平和的でない刷り込み――幼稚園、小学校時代の「ブス!」「チビ!」「オトコ女!」などという同年代男子の心ない誹謗中傷にもめげず屈さず(理解はしていてもムカつくのだ)、自尊心を守り抜けたと思っている。

 そのためには足の速さと腕っ節の強さという武器も存分に利用させてもらった。 


 そして中学に上がって、運命の大親友――柚葉との出会い。

 漆黒のロングストレートヘアのスラリとした色白清楚系美人。不思議なことに、そんな彼女と何もかも真逆を行く自分が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

  

 ここでも容赦なく比べられるような発言(特に陰口)が飛んできたが、さすがに取っ組み合いのケンカをするのは憚られ、「完全あきらめ」「無関心」というスキルで防御する術を学んだ。

 大半は成功していたように思える。


 そんなモノをいちいち気にして柚葉との関係を壊したくなかったというのもあるが。

 もともと女の子らしさというものが著しく欠けていたことも功を奏したのか、こんな自分じゃ恋愛なんて、ましてや結婚なんてとうてい無理――と人生に対して早々に見切りをつけることができたと思っている。


 ――その結論に至るには、他にもいくつかの出来事があったからなのだが……。

 それはまあ、別の話だ。



 とにかく中学を卒業するころにはすでに、誰にも頼らず独女人生をひた走る覚悟というものが決まっていた。

 そんなあきらめ早すぎると家族や柚葉に呆れられても、冗談だろうと笑われても。

 ちょっとやそっとで揺らぐことのない覚悟だし、それは事実だ。



(ホント。見た目とか柚葉がキレイとか……何を今さら)


 隣に気付かれないようそっと目を伏せ、笑みをもらす。


 けれど、本当のことを言うと。


 今でこそすっかりあきらめはついたものの、出会った当初は中学一年という思春期真っ只中。

 大事な友達なのに変わりはないが、人間ヒトとして女としてどうしてこうも激しく異なる次元のモノを創るかな?神よ!と、罰当たりにも何度か天を睨んだことがある。


 肌は昔からおよそ色白とは程遠く、チビで身体中キズだらけ。(幼少時の乱闘と、ほぼ転んだりぶつけたりという自損事故によるものだが)

 動くたびに光の輪が流れて揺れる彼女の長い黒髪と、天パ付きの日に焼けてパサパサの――ろくに手入れしないせいでもある――このショートボブ。

 面白いくらい雲泥の差である。


 それでも――と、ふと思い至って彩香は目を細めた。


 それでも……おそらくよほどのことがない限り自分はこの親友の側を離れないのだろう、と半確定した未来予想をして微かに笑う。

 そんな外見問題などどうでもよくなるくらい大好きで、大切な親友。

 受けた恩も決して小さくはないもので……。

 どうやって報いたらいいのだろう、こんな自分に恩返しなんてできるのかな、といつも考えるけれど。


(やっぱ幸せになってもらわないと、でしょ)


 それにはやはり「あの計画」を!と爛々と目を輝かせ心躍らせながら、大きく二段目アイスにかぶりついた。



 ふと――

 自分たちを追い越して数歩先を歩いていた中年男性がチラリと振り返るのを目にする。


 まただ、と思ってしまった。

 通りすがりの人に振り返られるのも今日は何度目だろう。

 見ると、前方からこちらの方へ向かって来ている若い男性の二人連れも、遊歩道の端に据えられたベンチに腰掛けているカップルも、何やらこちらにチラチラ視線を向けているような……。


(うわー変な取り合わせー、とか思われてんだろーなー。綺麗なコに変なのがくっついてるー、とか)


 柚葉を二度見三度見するヤローの視線はもう見慣れたものだし、そのすっかり慣れてしまった衆目にいちいち傷付いたりする繊細な神経などもすでに持ち合わせてはいない。

 いない……のだが。

 あらためて自分もちろりと隣の柚葉を見上げる。

 そういえばなぜか今日はやたらと親友が綺麗に見えてしょうがない。


(あんな映画モン観ちゃったせいか?)


 眉根を寄せてわずかに首を傾げた瞬間。

 やわらかな太陽光を受けて、柚葉の白い頬がキラリと光った。

 よく見ると整った形の眉もいつもよりくっきりとしているような――。


「……柚葉、お化粧してる?」

「あ、気付いた? 濃すぎたかな?」


 小さな確信をおそるおそる口にする彩香に、ペロリと小さく舌を出して柚葉は可愛らしく微笑んだ。


「ううん全然! うっはー……綺麗だなあ」


 何もしなくても綺麗なのに、こっこれは……とあらためてまじまじと見入ってしまう。

 男殺しという罪名か何かですでに犯罪の域に達しているレベルではないだろうか。


「彩香もたまにはメイクしてみない?」


「――は?」


 ぼーっと見とれている隙に何か今、聞き捨てならないとんでもないことをこの親友は言わなかったか?


「お休みだし、ほら。ちょっとだけ、ね?」


 ねっ?って、いや待て待て……と思わず目が点になる彩香をよそに、今持ってるよーと言わんばかりに柚葉は大きめのトートバッグをゴソゴソし始めた。


「いっ、いや! いい! したことないしっ!」


 親友の不穏な動きを可及的速やかに封じねば、と汗だくになる思いで詰め寄り、取り押さえにかかる。


「したげるよー。彩香ぜったい可愛いよ」

「ムリムリムリムリ! 無駄無駄無駄っ! 歩く公害になるからっ」


 お願いヤメて、化粧品だってもったいないし!と心の声もさらに悲鳴に近いものとなった。


「何それー。彩香は卑下しすぎだってば」


 困り眉でわずかだが怒ったように柚葉は言う。

 あヤバ、言いすぎたか。面倒くさがられる反応しちゃったな、という自覚も一応あった。

 ――が。

 どうせメイクなんかしたって……と思う人種の気持ちは、たぶんこの親友にはわからない。


「と、とにかく、あたしはいいからっ」


 何も変わり映えしないどころか、これ以上目も当てられない状態にでもなったら……と考えるだけで恐ろしい。


「えー……」


 かなり不満たらたらのようだが何とか思いとどまらせ、コスメポーチを元どおりトートバッグの中に仕舞わせることに成功する。


(……どうせ美人さんにゃ、わからんよ)


 気付かれないほど薄く短いため息がこぼれた。


 気を取り直して二段目のストロベリーアイスを攻略し終え、彩香はもう一度整った横顔を見上げた。


「でもホントに綺麗……。明日からそれで学校行っちゃいなよ」

「ええ? ムリ。校則違反になるよ」


 くすくすと持ち前の柔和な笑みが返ってくる。表情にはもう少しも怒りの色が残っていない。


「ちょっとくらいなっちゃってもいいじゃん。ていうか、してるコいるし」


 自分たちが通っているのは細かい校則でギチギチに生徒を縛る高校ではない。

 むしろかなり緩いほうだ。一応、有名進学校と位置付けられている私立高校にしては。

 が、さすがに制服の大改造やピアス、ド派手な髪型や化粧などは当然普通に禁止だ。そして禁止されても頑張って自己主張(オシャレ)してしまう一般的な少年少女も、名門校といえどやはり普通に生息する。


 とはいえ、真面目な柚葉がこのテの良からぬ勧めに乗ってくるわけがないことは百も承知だった。

 それでも推しているのは、彼女が違反して罰されることを望んで、ということでももちろんない。 


 目的はただ一つ。


「そのカオで沖田くんにコクっちゃえ! さすがのモテ男も瞬殺だよきっと。おそらく。いや絶対」

  

 今年こそは絶対絶対、恩返しも兼ねて我が親友を幸せに導きたいのだ。






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