第10話 心情を吐露する姉とそれを聴く妹

「聴いて!アイツ、今スッゴク炎上してるの!」

「あの、聴くけど、それとオータムズとどんな関係があるのよ!?」

「ヌカにクギ男はねえ、テレビでオータムズと対談したことがあるのよ!前からファンだってアピールしてて、音楽雑誌にオータムズの音楽性についてって記事でインタビュー載った事まであるし!そのヌカにクギ男が……オタク叩きをしてるのよ!」

「あ、そうなんだ。SNSで調子に乗っちゃったってやつね。オタクは的になりやすいから」

「それよ!二次元のキャラクターに対して恋愛感情を抱く生産性の無い奴は死ねって書き込んだのよ?何様のつもりなの!?」

「え、死ねとまで書いたの?そりゃ燃えるわ……ってお姉ちゃん二次元好きだったっけ?そこまで怒るってことは」

「私はアニメやマンガには疎いけど、響子ちゃんは二次元に恋人がいるでしょう!」


「ああ、響ちゃんか……うん、二次元好きだけど」

「落ち着いてる場合なの?アンタの親友が死ねって言われたのも同然なのよ?別に二次元は法に触れてるわけじゃないのに!ヌカにクギ男にそんなこと言われる筋合いなんてないじゃない!そんな……偉そうに人の心を踏みにじるヤツが……オータムズにとって近しい存在なのよ……」

最後の方を弱弱しい声で言うと、碧はがっくり肩を落とした。


「いやあ……」

瑠璃は腕組をして考えてしまった。何と言えばいいのか分からなかった。とりあえず話を続けてみようと言葉を探して口にする。


「ええと、お姉ちゃんが怒るのは無理ないと思う……。それと、響ちゃんのために怒ってくれてるのも何というか……ありがとう……」

「うん……」

碧は涙ぐんでいた。恐る恐る瑠璃は感じたままを訪ねてみる。


「お姉ちゃん、ヌカにクギ男とオータムズの関係に嫉妬してるの?」

「……そういうとこある……」

 あっさり認めたので瑠璃は安心するような拍子抜けしたような気持になった。それにしても碧の心情は極端な面が多い。


「お姉ちゃん、オータムズにお近づきになりたいのならそれは……」

「近付きたくないの」

碧は瑠璃の言葉を遮った。


「だったら……うん?でもなんで近付きたくないの?前から不思議に思ってたけど」


「現実と理想は違うから。オータムズには私の思い描いた理想のオータムズのままでいて欲しいんだもん。だから実物を見たいって気持ちは最初から無かった」

「ああ、お姉ちゃん、ライブ行きたくないって言ってたもんね」

「理想を壊さないように気を付けてたのに、理想通りじゃない出来事は無くならない事にもう、疲れちゃった」

「それでか」


「私ね、理想通りのものがどこかにあるって信じたかったの。最初に行った大学は、私は途中で挫折したけど、普通に通い続けられる人達はみんな立派な人達だと信じてた。私が通い続けたくても無理だった所に平然として通える人達なんだからって。でも、捕まるヤツが出たりして、理想が一気に崩れちゃって辛かった」

「あの、マルチやったヤツか……」

「そう、憶えてる?」

「うん、まあ……」

ついさっき調べていたことは伏せておいた。碧は続ける。


「それで、なんか気力が無くなって、退院しても力が出なくって、そんな時、ラジオからオータムズの曲が流れてきたの」

「それで、これだ!って思ったんだ」

「うん。すごく綺麗なキラキラした曲で、章彦さんのギターソロがカッコ良くってさ。これを支えにすれば前進できると思って。でも、理想と幻想は紙一重だって分かってたから理想を壊さないように情報を制限してたのに、オータムズの情報は制限してても外野の情報が入って来ちゃうのよ」

「うーんミュージシャンとして活動してたら、自然と顔が広くなったりしちゃうもんなあ」


「うん、理想の中の綺麗なオータムズは私だけのオータムズだったのに、結局綺麗じゃない現実の人と繋がっちゃう」

「うーん、それは困ったなあ……」

瑠璃はそう言ったものの、困ったというより切なかった。姉はライブに行きたいというファンの当然の心理を封印してまでファンをやっていたのだ。


「オータムズの生歌、聴きたくないの?」


「聴きたくないかも……。私、もう多分、現実のオータムズにはついていけないと思う。現実より自分の中の理想が好きになってると思う」

「そうか……」

冷静に自分の内面を語る碧に瑠璃は安心した。

「不健全よね、こんなの。だから私、オータムズのファンやっぱり辞めた方がいいと思う。今、決心できた。もう疲れちゃったんだ。オータムズに人付き合い止めてなんて頼めないし、これからも同じことがあるだろうから」


「そうか。でも辞められるの?」

「そうしなきゃしょうがないでしょ。私の好きなオータムズはもう、現実にはいないんだから」

「なんか、つらいね……」


「うん、でも仕方ないよ。瑠璃だって言ってたじゃない。生身の人間を過度に崇めると、後悔するからねって」

「ああ、そういえば……」

 数か月前の自分の発言が当てはまる状態になったことも、今の瑠璃には寂しく感じられた。


(お姉ちゃんがオータムズのファンを辞めるってことは……)

「お姉ちゃん、大丈夫なの?ファン辞めて年を越せるの?」

「へえ?なんで急に年越しのことを?」

「あの、響ちゃんから聞いたんだけど、日照時間が短くなると、人って落ち込みやすくなるんだって。もう夏なんだし、夏が終わったらどんどん日が短くなるんだよ?また眠れなくなったりしない?去年の秋はオータムズのお蔭で平気だったんじゃないの?」


「あーそういえば……。でも、オータムズに対する自分の気持ちが幻想だって気づいちゃったんだもん。気が付いたのに幻想を持ち続ける事なんてできないよ。私はもう、幻想が現実に壊されることにもう疲れちゃった」


 瑠璃は碧の言葉をどう受け止めようか迷った。碧は現実を受け止めるために、現実から離れざるおえない状態になっているように思えた。

「そっか……。お姉ちゃんの出した結論を尊重するよ」

そう言った後、うーんとうなって腕組をした。

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