第8話 姉の事がよく分からない妹

 姉の心理が分からない瑠璃は、響子に相談していた。

「なんかお姉ちゃん、病んでる気がするんだけど、大丈夫かなあ」

「うーん、心配するのも分かるけど、碧さん理性的な事はちゃんと言ってるわけだし、世の中に完全に健康な精神状態の人なんて殆どいないらしいから、あまり深刻に考えなくてもいいんじゃないの?」

「そうかなあ。そうなの?」

先ほどまで図書館で勉強していたが、いつものカフェに入って甘いカフェオレスムージーを二人で飲んでいた。

「うん。オータムズに近付きたいってがむしゃらになるよりは良いでしょ?」

「いや、あの、健康な精神状態の人なんて殆どいないってところ」


「ああ、うん。北杜夫の本に、そんなようなことが書いてあったよ。怒りっぽい人とか、涙もろい人とかも厳密に言うと何かの病気の症状に当てはまってしまうものなんだって」

「うーん。なんとなくそんな気はしてたけど、プロの人が言ってたのか……」


「それに私も、ある意味病気っぽいらしいよ」

「響ちゃんが?二次元関係か?」

「そう。何かの本に書いてあったけど、映画の出演者とかへの恋愛感情を現実より最優先にしたりするのも厳密に言えばちょっと病んでるらしいよ。私なんて次元が違う二次元が好きなんだからもう当てはまっちゃうでしょ?」

「そうなのか」

「うん」

響子は頷きながらカバンに付けている好きなアニメキャラのマスコットを撫でた。それを見ると、夏休み前の学校での出来事を思い出して瑠璃は微笑んだ。


「あのさ、数学の桐山先生困ってたね。あの時」

「ああ、私が二次元が好きって言った時の事でしょ?」

数学の桐山先生は、灰色の髪をした小太りの初老の数学教師だ。一学期の終わり、先生は廊下で立ち話をしていた瑠璃と響子の横を通りかかった。その時、学生鞄にも飾られていた響子のアニメキャラのマスコットを見て、こう尋ねてきたのだ。


「これ、二・五次元?」

先生の意外な質問に少し驚きながらも、響子は答えた。先生は憶えた言葉を使ってみたかったらしい。

「いえ、二次元です」

先生は目をぱちくりさせて、口をもごもごさせた。

「二次元……二次元……」

「はい」

隣で二人のやりとりを見ていた瑠璃は軽く噴き出してしまった。


「二次元が好きなの?」

先生は困った表情の眉を八の字にして再び尋ねた。

「はい。推しキャラなんです」

正直に響子は答えた。桐山先生は瞳に悲しみを漂わせ、ぽつんと呟いた。

「なんで二次元なんだろうねー」

その言葉を残し、静かに去って行った。瑠璃と響子は顔を見合わせて笑ってしまった。夏休み直前の出来事だった。


「桐山先生、きっと私の事、大丈夫かなこの子って思ったんじゃない?」

くすくす笑うと、響子はカフェオレスムージーを飲んだ。瑠璃もニヤニヤしながら続ける。

「変な心配されたりして?でも色々人間て複雑なんだから推しキャラがいる生徒がいたくらいで動揺しちゃだめだよね。思春期の生徒が沢山いる所で働いてるのに」

「そうだよね。そういえば日照時間が短くなると落ち込んで鬱っぽくなる人がいるくらいなんだから、私なんて推しキャラに元気貰ってるんだから心配しなくていいのにねー」

「ははは……。日照時間?」


「え、ああ、うん。冬とか気分が落ち込んじゃう人が多いって……」

発言に大きな反応をされて響子は目をぱちくりさせた。


「多分それだ。今気が付いた」

「何が?」

「お姉ちゃんだよ。オータムズにドハマリしたのって去年の十月くらいからだった。……日照時間が短くなる頃だよ」

「え、そうだったっけ?」

「うん、そう」

瑠璃は答えると声のトーンを落として続けた。


「響ちゃんさ、ウチのお姉ちゃんが不眠症になったのって知ってるでしょ?」

「うん、話してもらった」


「お姉ちゃん、不眠症が再発するのが怖くて、何か縋るものが欲しくてオータムズにハマった気がする。と言うか、多分そう」

「いや、結論を出すのは……。オータムズってもともと楽曲の評価高かったし、単純に好きになっただけなんじゃないの?」

「お姉ちゃんは単純に好きな訳じゃないのよ。なんか複雑に好きになってる。オータムズは理想だから好きだけど、現実のオータムズは知りたくないって」


「という事は、一度懲りたことがあるとか?」

「こりたといいますと?」

「理想だと思ってた人のの姿を見たら凄い落差があったとか」

「ああ、ありそう。お姉ちゃんならありそう」


 瑠璃は姉の心に近付いた気がした。

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