第4話 妹の質問と姉の答え
晩ご飯も入浴も済ませた後、碧は勉強をしていた。通信制でも短大生であることには変わらない。早めに入浴したので、二時間勉強してもまだ二十二時半だった。
ノックの音がした。
「はーい、どうぞ」
「お姉ちゃん、二時間たったけど」
「オッケーオッケー。区切りついたよ」
先ほど瑠璃が話があると来たときは、髪をドライヤーで乾かし終えて、大きなヘアクリップで髪をまとめて、これから勉強という所だった。なので二時間待たせていたのだ。
「どう?勉強は」
瑠璃が口を開いた。
「まあ、ボチボチだね。これでもこまめに時間を見つけては努力してるのよ。通信制は意志が強くないとダメだからさ」
「うん。お姉ちゃんが努力してるのは知ってる」
そう言いながら瑠璃はベッドの横に座り、ベッドカバーの掛かっている側面に寄りかかった。
「あのさ、お姉ちゃん私、質問があるの」
「なにさ」
「今年の一月くらいに、オータムズのCD売ったりしなかった?」
「……いや、うん、まあ。ん?なんで知ってるの?」
「お姉ちゃんの部屋に忍び込んだ」
「アホか」
「そうだけど心配で」
碧は黙って机と対になった座っている回転イスの向きを、左右に膝を使って動かしている。数秒後、思いついたように言った。
「アンタね、人の部屋に勝手に入ったらダメでしょうが。失礼よ、それに……」
すかさず瑠璃が話を戻した。
「ねえ、なんでCD売ってまた買ったりしたの」
「……質に入れたのよ。お金に困って」
「CDなんて質草にならないでしょ。それにお姉ちゃん、お金は今まで無駄遣いしない性格だったじゃない。それがなんで?」
「話したら瑠璃はきっと呆れる。それから怒る。お父さんにもお金無駄遣いしてるって言いつけるでしょ」
「言いつけるって……。いや、それはしないから。言ってみてよ。お姉ちゃん、なんだかオータムズの事で思いつめてるように見えるけど」
「じゃあ、言うけど」
「うん」
「ヘソのゴマ助が逮捕されたから」
「ヘソのゴマ助ってあの、コカイン吸ってガードレールに車ぶつけて逃げた人?」
「そう。あのお笑い芸人」
「え?どうどうどうして?」
予想外の答えに驚いた瑠璃の舌は上手く回らなくなった。
「なんでヘソのゴマ助が逮捕されるとお姉ちゃんがオータムズのCDを売るの?」
風が吹けば桶屋が儲かるということわざを思い出していた。
「ヘソのゴマ助はねえ、SNSでオータムズの大ファンだって公言してたのよ!」
碧は困惑顔の瑠璃から目を逸らし、ふくれっ面で答えた。
「うええ?だからってなんで?」
「私はねえ、信じてたのよ!オータムズのファンはみんな良い人に違いないって!」
「え?何言ってるのよ」
「それなのに大ファンで有名だったヘソのゴマ助が犯罪を……」
「はーーーっ。じゃあそれで?」
「オータムズに抱いてた信頼が崩れちゃったのよ!」
「そんな理由で嫌いになってCD売ったの?オータムズ悪くないのになんで?」
「あんな奴と同じバンドが好きだなんて許せなかったのよ!オータムズだけじゃなく自分の事も許せなかったから、意識の中からオータムズを消したくて、CDを売ったの!」
「何その理論」
「だって、裏切られたと思っちゃったんだもん。あんな神曲作るバンドのファンはみんな良い人だと信じてたのにさ……」
「あのねえ、お姉ちゃん、オータムズは無菌室じゃないのよ?」
「そうだったみたいね……。私も結局オータムズを忘れられなくて、自分に正直になって、またCD買って聴き始めたの!これが瑠璃の質問に対する答え!わかった?」
「なんというかお姉ちゃん、お姉ちゃんの価値観とかは変えられたの?それって、ほんの半年前の行動だし……お姉ちゃん、あんまり神経質になると、また眠れなくなっちゃうよ?」
「前に不眠症になったのは大学について行けるかどうかで悩んでたからよ。ガッコ―変えたらそんな事無いもの。ちょっとオータムズに期待しすぎただけ。今はちゃんと気楽に楽しんでるから」
瑠璃は気が付いたら胡坐をかいている自分の足首を力を入れて掴んでいた。指が疲れたので離した両手をプラプラさせながら念を押す。
「本当に思い詰めない?」
「大丈夫だって。理想と現実は違うのは分かってるから」
「ならいいけど……。じゃあ、オヤスミ」
浮かない顔のまま瑠璃が出て行ったドアを見ながら碧は溜息をついた。誰に見せるのでもなく、頬をふくらます。
(瑠璃の奴、心配性だな)
不眠症。碧は中学高校を瑠璃とは別だがやはり私立の一貫校で過ごした。進学校の女子校で、充実した日々を送っていた。受験の時、大学の第一志望を半ば賭けのような感じで無理をして決めた。そこに受かってしまったのだ。
入学をしたものの、自分の能力が付いて行けるかどうかの不安から、不眠症になってしまった。不眠が続くと憂鬱になることも増える。本格的な鬱病とまではならなかったが、休学して精神科に入院することとなった。
家族が精神科にかかることが碧の家庭では結構な事件だった。両親は心配から、大学を中退することを認めてくれた。勉強を恐れるようになっていた碧が今年になって入学することを決めたのが、通信制の短大だったのだ。今では落ち着いて短大生をやっている。
(お父さんやお母さん程は心配してないと思ってたんだけど、随分心配かけてたんだなあ、あいつにも)
碧は椅子から立ち上がると、ベッドカバーをひらりと取って、ベッドに寝転んだ。
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