第3話 妹の詮索のような心配

 瑠璃と響子は学校帰り、チェーン店のカフェに来ていた。学校帰りに図書館でお互いの得意教科を教え合って、帰りに一息入れることにしたのだ。寄り道は校則で禁止されているのだが、図書館と同じビルに入っているこのカフェなら見逃してもらえると学校で暗黙の了解ができていた。

 

 もう夏休みを待つばかりだ。


 二人は期間限定のバニラのアイスミルクセーキを注文した。コーヒーは家でも飲めるのだから、お店ならではのものを飲む事にしたのだった。


 椅子に座り、一口飲むと響子が口を開いた。

「どうだい、そっちの私生活は」

「まあ、ボチボチだね」

「碧さん、相変わらずオータムズオータムズって言ってるのかい」

「言ってるね。もう周り見えてないよ。あれは」

「うーん、若気の至りってやつだね。雲上人に恋してるようなものだ」

「そのうちガクンと落ちそうで心配なんだよなあ。うーん……。ていうか、前にお姉ちゃん、オータムズがらみで何かあったっぽい」


「えっまさか本物に出会っちゃったとか?」

「ううん、違う違う。オータムズの実物に直接会ったりはしてないと思う。ただね、お姉ちゃん、、オータムズにハマって三か月くらい経った後で、ぷっつりCDもラジオも聴かなくなっちゃったことがあってさ」

「へえ、でもそれはほかに気になることがあったとかじゃないの?」


「うーん、それが一度買ったCD売りに行っちゃった感じなんだよね。異変を感じてお姉ちゃんの部屋、こっそり忍び込んだことがあるんだけど、オータムズのCDが全部無くなってた」


「誰かに貸してたのとちがう?」

「お姉ちゃん、友達いない」

「そっか」

そこで少し会話がやみ、銘銘がストローに口をつけてミルクセーキを味わった。


「瑠璃の推測が正しいとすると、碧さん、同じCDを今、買いなおして聴いてるってこと?前にあったのと同じのを今も持ってるんでしょ?なんか二度手間っていうか

お金がもったいない」

「そうなんだよね。わたしもそう思う。まあ、二度目は中古買ったのかもしれないけどね」

「そう……。それにしても二度手間だよね。なんでそんな面倒なことしたんだろ。オータムズの事、一度は嫌いになったのかな」

「うん。嫌いになったんだと思う。徐々に曲に飽きたっていうより、突然聴かなくなって、すぐに売っちゃったって感じがする。私はそれを単に関心が無くなったのだと思ったんだけど、突然また聴き始めて」


「CD再購入するまで、どれくらい間があったの?」

「一か月弱かその辺」


「お姉さん、落ち込んでなかった?」

「いや、どっちかっていうとカリカリしてたような……。今考えるとあの時期は短気になってた気がする」


「ふうむ。ひょっとして、失恋でもしたんじゃないの?オータムズは好きな人に勧められて聴くようになったとか」

「いいや、それは無い。断言できる。お姉ちゃんはオータムズのギターの人以外好きな人は居ない。絶対よ。オータムズを好きになった初めの方から今まで、他の男は眼中にない」


「ほほう、そんなに確信が?」


「うん。有名ミュージシャンに惚れてしまうとそこら辺の普通の男の人には興味を持てなくなってしまうものよ。響ちゃんだって二次元が好きだと三次元の男に関心を持たないでしょ?それと同じよ」

「あーそう言われたら分かりやすいわ。確かに手の届かない相手でも片思いは片思いだもんね。するってえと失恋したってセンは無しか」

「無いね。無いと言い切れる」


再び間。二人はズズっと音を立てながら、ミルクセーキを飲み干した。


「二次元をさ、好きな場合は良いと思う」

「そう?現実逃避って言われたりするけど?」

目をぱちくりさせて響子が答える。


「上手く言えないんだけど、二次元って現実とは違う存在じゃない。まあ、声優さんとかアニメーターさんとか、実在する人によって生み出されたわけだけど、キャラクターは架空の人なわけじゃない?」

「うん。ああ、オータムズには現実が付いて回るもんね。この世知辛い現実が」

「そう。思い込みと勢いで崇めてさ、現実は思い込みと違うって気が付いた時、お姉ちゃんどうなっちゃうんだろう」


「うーん。二次元だと作品に罪は無いって言えるんだけど。でも、碧さんCDを手放すくらいだから、作品は作品で別とは考えてないのかもね。あ、オータムズの音楽じゃなくって、生身のオータムズの事を好きになっちゃってるとか?会ったこともないのに」

「そう。現実の本人達の情報を知る事があったらと思うと、今から心配になる。ガックリ落ち込むよ。お姉ちゃんの性格だと」

「ふーむ。どうしたもんかねえ。いつその時が来るか分からないもんなあ。当分来ないかもしれないし」


 冷房の効いた店内で、二人はしばし頬杖をついて向き合っていたが、五人ほどお客が新しく入って来ると、店に遠慮して出ることにした。


 響子と別れて、梅雨明けの強い日差しの道を一人でテクテク歩きながら、瑠璃は考えた。

 (お姉ちゃんがオータムズにハマって三か月ごろ、つまり今年の一月に一体何がCDを処分させたのか?)

 ハンカチタオルで汗ばんだ鼻の頭を押さえながら考える。

 

 (お姉ちゃん、オータムズの事は極端に持ち上げて考えちゃうからなあ)

そして浮かれた発想を紡ぎ出すのだ。

 (妹としては、お姉ちゃんの思考パターンを知っておいた方がいいかも。それとなく一月の事、訊いてみるか。いやこれくらいの事、正面切って訊いてみよう)


 

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