蜂谷自由の生態

作業進捗はサバを読むべし

 蜂谷自由はちやじゆうはWebデザイナーである。しかし、それ以前にダメ人間でもある。


 平日、日中はソシャゲのことか、今晩のごはんのことか、あるいは意中の朱莉あかり先輩のことを考えていて、休日は朝から晩まで部屋に引きこもり、気の向くままにアニメ、漫画、ゲームといった娯楽に勤しみ、時々昼寝をしたりする。


 就寝前にはTwitterを見たりもする。自分の数百倍勉強熱心な同業者のツイートを眺めて勉強した気になり、そして気分の良いまま眠りにつく。


 そうして目を覚ました蜂谷は、今日も良い気分で朝食を済ませ、歯を磨き、お気に入りのパーカーを羽織って会社に行くのだ。


「おはよう、蜂谷くん。相変わらず遅刻すれすれだね」


 始業チャイムの鳴る1秒前にオフィスに滑り込む蜂谷。そこへ声をかけるのはショートボブの髪を揺らす清楚な女性。


「おはようございます、朱莉さん。この時間に着くように計算して歩いてますから」


 本来、始業時には仕事を始められるよう準備をしておくことを求められるのが社会人の常であるが、この男は上司にあたる中野朱莉なかのあかりに対して、悪びれもせず、にへらとだらしない笑みを返しながら挨拶をする。


 朱莉も、慣れてしまったのかそれ以上言及することはない。

 朝礼するよ、と身を翻してチームメンバーの元へと向かう彼女に蜂谷はニマニマしながら着いていく。


 蜂谷が勤めるデザイン事務所MYFOOTは20名で構成されており、彼が所属しているWeb制作チームは、半年前にリーダーに抜擢されたWebディレクターの朱莉を中心に、Webデザイナーが3名、コーダーが2名、エンジニアが1名の合計7名が在籍している。


 今年で入社5年目になる蜂谷は、Webデザイナーの中では最年長だが、まったく貫禄もなく仕事に対する意欲も感じられないため、出世とは縁のない生活を送っている。


 ある後輩は「……あの人、恥ずかしくないのかなぁ」と言い、ある上司は「厚顔無恥とはこのこと」と彼を表した。


 遅刻ギリギリで出社し、定時ピッタリにはオフィスの出口に立っている。ゲームの発売日には「朝から店頭に並ぶので」と有給申請を出して上司を呆れさせたが、どこ吹く風。


 モットーは「自分の仕事はキッチリやる。だから他は知らない」だ。


「はい、じゃあ朝礼始めます。えーと、今日の予定を順番に報告してください」


 朱莉がチームメンバーに呼びかけると、いつもと同じように時計回りに今日取り組む予定の作業内容を進捗具合や相談事などを交えて簡単に説明する。朱莉はそれを自前のピンクゴールドのiPadにさらさらとメモをとりながら相槌をうつ。

 その相槌に合わせて蜂谷もコクコクと頷いているがこの男、他のメンバーの報告などまるで耳に入っていない。


「……先輩。次、蜂谷先輩ですよ」


 昨日より朱莉さんの前髪が3ミリほど短い気がする。長いまつげが昨日より良く見える――などと考えていた蜂谷だが、横にいた後輩――結城礼香ゆうきれいかの声で現実に戻る。


「今日はS製紙工業さんの下層ページデザインの予定です。昨日2ページ作ったので残り8ページです。進捗問題なしであります」


 肘の角度の甘い、格好悪い敬礼もチームメンバーは見慣れたもの。誰もツッコむことなく、その後も朝礼は滞りなく進む。

 さて、メンバー全員の報告が終わり、朱莉の呼びかけでそれぞれ自席へ着き仕事を開始するが、遅刻すれすれに出社した蜂谷は一歩遅れてこれから仕事の準備だ。朝礼の間も背負ったままだったリュックからノートパソコンを取り出し、電源ボタンを押す。

 でーん、というOSの起動音を聞きながらぐぐっと伸びをする。


「……蜂谷先輩、また嘘つきましたね」


 声をかけたのは先ほども横にいた後輩デザイナーの礼香。長い黒髪と健康状態が心配になるほどの白い肌。今にも消え入りそうなか細い声で朝礼での蜂谷の発言を指摘する。


「……先輩、昨日6ページ終わらせてましたよね。……でも、さっき2ページって」


「ああ、それね。確かに6ページ出来上がってる。でもそのうちの4ページはまだ、なんとなく、もうちょーっとだけ良い感じにできる気がするんだよね。だから、今日もう1回確認してみてから完成かどうか決めるんだよ。だから嘘ではない」


 ぼんやりとしたはっきりとしない言葉を並びたてて後輩を論破しようとする。


「……そうですか。でも、手の空いてる人はフォローしてほしい仕事があるって……中野さん言ってましたよ?」


「ふふん、それも計算のうちだよ」


 得意げに鼻を鳴らす蜂谷に、礼香は長い前髪の奥で表情をゆがめる。心底嫌そうな顔。


「残りの自分の仕事をきっちり終わらせる。終わらせたうえで、定時までに余裕があったらかっこよく朱莉さんを助ける。定時まで余裕がなかったら仕方ない、今日のところは帰ってソシャゲのイベント周回するよ。

 自分の仕事が終わる前から誰かのフォローを引き受けるなんて、それはある意味無責任だと僕は考える。だって、自分の仕事がスムーズに終わらないかもしれないし、無意味な残業が増えてしまうかもしれないからね」


 腕を組んで、さも正論かのように言い放つ蜂谷に、礼香はそれ以上の説得を試みることはしない。代わりに――


「…………最低ですね」

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正しい仕事のサボり方 ぐうたらパーカー @404notfound

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