第332話 ゲート・キーパー


「行ってしまいましたね」


 目の前の少し歪んだ空間をながめながら、鴫原校長は立ち尽くす篠宮に近づいた。


 くるっと振り向く篠宮の顔はぐちょぐちょに泣き崩れている。


「びえええ! じぎばらごうぢょゔ〜」


「うわっ? なんてひどい顔してるんですか!」


「ざぐらざん、いっぢゃっだ〜」


「……よく、頑張りましたね」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった篠宮を、鴫原校長はそっと抱きしめた。


 この若者は——いつもふざけたような、へらへらと薄っぺらい行動をとるこの若者は、最期に踏ん張ったのだ。


 泣き顔を見せないで、笑って彼らの旅立ちを見送ったのだ。


 本当は一緒に行きたかったでしょうに。


 校長はぽんぽんと篠宮の背を叩いて励ました。


「篠宮君、あなたは門番ゲート・キーパーになったのですね」


「……ゲート・キーパー?」


「そう、文字通り門番ですよ。彼らの安全のために、誰も通さないゲート・キーパーです。もしもあなたが彼らのためにそれを続けるなら、私も手伝いましょう」


「ありがどうございまずぅ」


「ほら、鼻を拭いて……」


 そこへまた誰かが近づいて来た。


「あたしも助けてやるよ」


 カエデだ。

 嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしている。


 それもそのはず、篠宮が残ることになって、嬉しくもあり——それを喜ぶことへの罪悪感もありという気持ちだからだ。


「がえでざん〜」


「おっと、あたしには抱きつくなよ。アイツに怒られちまう」


 それに、アイツに似ているから抱き付かれるなんてしゃくだしね。


 篠宮を励ます為に鴫原校長とカエデは彼のそばに立つ。きっとこれからも。そんな三人に向かって義久と総一郎が歩いて来る——。





 二十年後——。


「つかっちゃん! いい加減、決裁してよ!」


「よっくんに任せた!」


「こらぁ! いい歳して仕事を投げ出すな!」


 今のShinomiya グループは保有するさまざまな特許により更なる飛躍を遂げ、篠宮司の人柄によってか無事安定した経営を続けていた。


「人柄だけの社長だもん」


 相変わらずのへらへらとした笑顔に義久は負けて、いつも代わりに仕事をする羽目になる。


 ——いつまで経っても子どもみたいなんだから。


 ため息をつく義久を尻目に、篠宮は社長室のドアを閉じた。


 柔らかな椅子に身体を預けると、目を閉じる。


 昔のままと義久は言うが、の自分を見せられるのは義久や顧問の鴫原所長など数人に限られる。


「やっぱ、猫かぶると疲れるよな」


 あれからちょうど二十年。


 アオバヤマ町はテラヘルツ光の研究施設を中心に稼働しているが、空間転移は未だ完成していない。


 ——あれはサクラさん達がいたから出来た技術なんだろうなぁ。


 代わりに超高速通信網テラヘルツ・バンド映像学習装置スケアクロウ生体端末カリギュラの技術から様々な製品が産まれていた。


「俺はサクラさん達をまもれていますか?」


 篠宮が目を開くと、大きなマホガニー製の机の上に、よれよれの封筒が一つ置いてあった。


「あれ? さっきまで何も無かったのに……」


 薄汚れた封筒は元は白かったのだろうと思わせる、少し古びた色合いだ。それを手に、ドアを開けて忙しそうな義久に声をかける。


「これ、いつ置いたの?」


「なんだ? 知らないよ、そんなもん!」


 ちょっと殺気だっていたな。


 篠宮は再びドアと閉じると、封筒を裏返す。


 そこには送り手の名が書かれていた。





『須王サクラ』







「……」


 篠宮は震える手で封を切る。いつもならレターナイフを使うのに、それを探すのももどかしく、ギザギザの切り口になりながら封を開けた。


 中から数枚の便箋びんせんが出て来る。


 どれにもびっしりと文字が書かれていた。


『元気にしているか? 篠宮』


「はい! 元気です!」


 そこには、『ヴィリ』を生成して小さな『ヴォイド』を作り、篠宮の生体信号を探して手紙を送ったと書いてあった。それからみんなのその後の事も。


「へへ、こんな時代に手紙なんて」


 涙で滲む文字を必死に読む。


 手紙は最後にこんな言葉で結ばれていた。


『これが届いたなら、またいつか会えるのかもしれぬな』


「はい! ええ、いつかきっと、いつかきっとまた会いましょう!」


 篠宮は手紙を胸に抱いて、ただひとりむせび泣いた。






 完





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