第318話 Show must go on


 寡黙かもくな運転手は黙って鴫原しぎはら校長の話を聞く。表情の変化に乏しいので、彼がどんな意図で聞いているのか、よくわからなかった。


「いえね。私はこの日が来るのを心待ちにしていたんですよ。いわば彼らの卒業式です。それを喜ばない教師はいないでしょう?」


 校長の言葉に、運転手は黙ったままうなずいた。


「それにですね、どうやら『孫』が生まれるかもしれないのです。これはなんとしてもこの世界から逃してやらねば、と」


 そこまで話して、鴫原校長は苦笑した。


「実の子どもではないのに、おかしいですかね」


「……」


「まあ、私がしてやったことなんて、ただ黙っていただけですが」


 サクラ達が『方舟』を建造していることも、何もかも——Shinomiya に報告のだ。


「……黙っている事で、人を救う時もあるだろう」


 今まで口を開かなかった運転手がボソリと呟いた。


「おや、珍しい。嬉しいお言葉をありがとうございます」


「……」


 それだけ言うと、再び彼は口を閉ざした。義久よしひさに付いている彼から肯定の言葉が聞けた事で、鴫原校長は元気が出た。


「さて、行きますか」





 一人足取りも軽く、飛び跳ねるように駆けていく浅木博士は、新校舎の入り口——昇降口前まで来て、一階の入り口全てにシャッターが下ろされているのを見た。


「ふうん、なかなか用意周到だね」


 その後ろに篠宮総一郎と、彼を警護しながら追って来た賀蔵がぞうの部下達——それから遅れて義久がやって来た。


「……はぁ、はぁ……おい、どうなって、いる?」


「随分とお疲れのようで。——そうだね、『ヴォイド』がかなり展開している。この霧状の膜に包まれたら——いやおそらく既に『ヴォイド』は十分機能するだろう。結局は『ヴォイド』は『穴』——つまりワームホールの一種なんだから、あの夜空に似た空間が既に向こうへ繋がっているんだな。ええとだから——」


「わかるように言え!」


「うるさいな。だから、あの膜の中に入ったらへ行っちゃうって事」


「なんだと⁈ 」


 総一郎は校舎を仰ぎ見る。


 既に校舎の南面は覆われ、彼らが目にしている北面だけがまだ白い外壁をさらしていた。


「……まさか⁈」


 総一郎が呻いた。いつになく顔が青ざめている。


「撃て! 中に入るんだ!」


 賀蔵の部下達が小銃を構える。


 パララララッと軽い音がして、弾はシャッターに弾かれた。


「よしなって。中に入れば、一緒にあっちに行くハメになるよ」


 博士が隊員達を比較的穏やかに制止する。確かにそうなる可能性を考えたのか、彼らによる銃撃はんだ。


「二階だ! 二階の窓を狙え! それに手榴弾と迫撃砲を持って来い!」


 落ち着きを無くした総一郎の姿を、浅木博士は不思議そうに眺める。それは義久も同じだった。


 こんなに取り乱す会長を見た事がない。


「会長……?」


「義久っ! はどこに居る⁈」


?」


つかさだ! 司はどこだ⁈」


 その時、彼らの頭上から拡声器によるサクラのどデカい声が降って来た。


『あー、あー、本日は晴天なり!!』




 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る