第301話 会長・篠宮総一郎の腹の中


「どうやら図星のようですね」


 義久よしひさはニヤリと笑った。


 そばにいた浅木あさぎ博士が紅茶に添えられていたクッキーをバリバリと噛み砕く音だけが部屋に響く。


 篠宮総一郎がゆっくりとティーカップを置いた。


「興味のある話だな」


 重みのある声が彼の地位を指し示すように響く。ゆっくりと脚を組み直すと、ソファに深く座り直す。指を組み合わせた手を膝に乗せながら、鴫原校長をじっと見つめた。


「まだまだ、実験段階だとばかり思っていたが、すでに生物も送ることが出来るとはな」


「……」


「私は構わんよ。彼らのデータは既に把握済みだ。むしろ自ら空間転移の人体実験に挑んでくれるのは望ましいくらいだ」


 総一郎の言葉に、義久と浅木博士は「えっ」と彼の顔に注目する。


「奴らを逃すのですか⁈」

「僕の研究が!」


 口々に叫ぶ二人を、総一郎は目で制する。睨まれて義久は黙り、博士は口の中でぶつぶつと文句を言う。


「——我々が必要とするのは、移動空間『ヴォイド』を作る変異テラヘルツ光『ヴィリ』。その装置はこの校舎の中にある」


 鴫原校長は無言だ。ただじっと総一郎の視線を受け止めるのみ。


「そもそも、『ヴィリ』の研究を続けるには彼らを此処ここから別の研究施設に移す必要がある。その手間が省けるというものだな」


「僕の研究成果だってば!」


 浅木博士がたまらず口を挟んだ。彼にしてみれば珠玉の結晶——例え他人から歪んだ実験とそしられようと、異空間へ放り出すには惜しいのである。


 しかし総一郎はその声をピシャリと跳ね除けた。


「君の成果は『須王サクラ』に結実している。それ以外は君の趣味とみなす。あれ以上の作品を作れないならこれ以上の援助はしない」


「うぐ……」


 浅木博士は言葉に詰まる。


 事実、彼が会社側から評価されたのは『須王サクラ』の研究のみだ。残りも注目はされているが、実用化にはほど遠く、悪趣味と言われるのも仕方ないものばかりである。


 それでもこれからも自由に研究に没頭できるのなら、ここは会長の意向を呑むべきか。


 浅木博士はいつもの人を舐め切った態度をひそめて、「ぐぅ」と唸ったまま黙り込んだ。


 総一郎はそれを横目で確認すると、さも今気がついたかのように、鴫原に宣告する。


「『須王サクラ』といえば、これ以上ない成果だな。彼女はに残す」




 つづく

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