第292話 思い出の物


 リュックに詰めたのはたわいもないもの。『方舟アーク』にはすでに建築資材や食料、日用品やある程度の私物はすでに運び込まれているから、本当に最後に持って行く身の回りの物だ。


 使い慣れた櫛や手鏡。二花にかがプリントアウトしてくれた写真が少し。机の上に並べていた可愛らしい写真立てと四季の花のオブジェ——二花達と商店街で買った物などを詰めたリュックが少し重い。


「用意はいいか?」


「うむ。待たせたな」


「かまわぬ。お前に大切なものが出来たのは良いことだ」


 そう言いながらも、カグラは廊下に神経を集中させる。教室を改造した個室は三階にあった。


「む?」


 気配を感じて、カグラが勢いよく戸を開けると、そこにはユニが居た。突然戸を開けられて、彼はひどく驚いていた。


「なんだ、そなたか」


「……びっくりした……。先生達が二階の家庭科室に集まるって」


「いよいよだな」


 三人は顔を見合わせると、不安を打ち消すように頷き合う。


 そこへ——。


 ガシャーン!


 窓を突き破って黒づくめの戦闘服姿の男が乗り込んで来た。割れたガラスが飛び散る中、カグラがカナエとユニをかばって二人を廊下へ押し出す。


「先に行け!」


「カグラ!」


 カナエが悲鳴に近い叫び声で兄の名を呼ぶ。ユニは部屋に戻ろうとするカナエの腕を掴んで引き止める。


「行こう! 僕らでは足手まといだ」


 カナエはその言葉に胸が詰まりながらも頷いた。廊下を走りながらカグラへ呼びかける。


「カグラ、負けるでないぞ!」





 狭い部屋の中で、小銃を構えた敵と対峙しながら、カグラはふっと笑った。


「我が負けるわけなかろう」


 そう言いながら、背にかけてある刀——『小烏丸』を抜いた。





 つづく

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