第290話 能力対策


共鳴操作音ハウリング・ヴォイス!」


 リリの『声』が武装した警備員達に向かって発せられる。しかし彼らは少し後ずさっただけで、再びリリとエメロードの水槽に近づこうとする。


「くっ、イヤホンか何かをつけているな?」


 彼女の脳裏にドローンで彼女らの戦い方を見られていた事が思い出される。対応策を施した上で乗り込んできたわけだ。


 リリは追い詰められてエメロードの水槽を背にしていた。これ以上、後ろに下がれない。水槽の中では今にも泣き出しそうなエメロードが内側からガラスを叩いていた。


『リリ!』


「大丈夫だよ、僕が負けるわけないじゃないか」


 黒羽リリは無理矢理に口の端を上げると、エメロードに向かって微笑んだ。


 冷たい水槽のガラスを挟んでお互いの手を合わせる。


 そんな二人を取り囲む武装した男達は、ジリジリとその包囲網を狭めて来た。


 ——共鳴操作音ハウリング・ヴォイスは全く効かないわけじゃない。最大音量で出せばもしかしたら。


 リリはキュッと口元を引き締めると、水槽を軽く蹴って男達の頭上を舞う。


「⁈」


 ぐるりと宙返りしながら、手近な相手の耳元で最大出力のハウリング・ヴォイスを放つ。


「ぎゃっ!」


 流石さすがに至近距離での攻撃は効いたらしく、短い悲鳴を一つあげるとその場に崩れ落ちた。


 リリは着地と同時に身を捻り真後ろの男に掴みかかったが——。長い銃身にその手は弾かれ、別の男の銃を頭に押し付けられた。


「くっ……」


「両手を上げて——」


 おとなしくしろ、と言おうとした男の言葉はそこで遮られる。入り口から黒い風が入り込み、その姿は人狼の形を取る。その巨大な手が男の頭を鷲掴わしづかみにした。


 慌ててそちらに銃口を向ける隊員の銃を、すかさずリリが蹴り上げた。


 そして今度は白い影が室内を蹂躙する。名前にたがわぬ白い嵐——。それが止んだ時には、襲撃して来た男達は全員床に倒れていた。


「リリ先輩、大丈夫っすか?」


 ウォルフが黒狼の変身を解き、心配気に聞く。


「ふん、これくらい——僕一人でどうにかできたさ」


 強がるリリを見て、ウォルフはホッと安心したように息を吐いた。水槽に視線を移すと、室内側のダクトからエメロードが飛び出してシュトルムに受け止められたところだった。


『リリ!』


「エメロード……。シュトルム、彼女を頼むぞ」


 シュトルムはリリの言葉に無言で頷くと、エメロードを抱え上げた。水滴がボタボタと滴るが、気にしている暇はない。


「行くぞ」


 リリは勇ましく宣言すると、先頭切って歩き出した。




 つづく

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