第288話 ユキの悲鳴


 サクラからのメッセージは、亜人デミの皆に届いていた。Shinomiya がこの研究所を摂取すること、自分達が離れ離れにされ、どこへ行くかわからないこと。それがほぼ確実であると鴫原校長から知らされたこと——。


 そして、今日。


 新月のこの日、『方舟アーク』によって別世界へ旅立つのだと、書かれていた。




「マジか……」


 ウォルフは茫然として、少し震える手で生体端末カリギュラの画面を閉じた。


 その場にいた鬼丸、レディ、一花いちか六花ろっか、それからシュトルムも——皆一様に複雑な表情を浮かべる。


 しばしの沈黙——。


 を破るように、サクラと篠宮が騒がしく部屋に入って来た。


「だから、私物を取りに戻りたいって言っただけじゃないですか⁈」


「お前の下宿まで取りに行っている暇はないと言っているんだ!」


「せめて……服とマンガとゲームと——」


「ダメだ」


「サクラさんのケチー!」


 と、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てていると、部屋の中にいた六人がジト目でこちらを見ているのに気がつく。


 気がついてようやく誤魔化すようにセキ払いを一つするサクラ。そんなサクラに鬼丸が固い表情で話しかけた。


「ついに行くのか?」


「うむ。幸い新月だしな……いや、鴫原校長がうまく日取りを調整したに違いない。——一花、『方舟アーク』の方はどうなっている?」


 名前を呼ばれた一花はピッと背筋を伸ばすと、生体端末カリギュラを操作した。


「——はい、サクラ先生。現在『ヴィリ』の充填60パーセント。充填完了まで二時間四十五分」


「新月が昇るまでとほぼ同じ時刻だな。それまで彼奴らをやり過ごさなくてはならん」


 サクラは鬼丸に会長直下の警護部隊が来ている事を告げた。相手の装備も把握した範囲で伝える。


「ほう、二十年前のおっさんが来ているのか」


「あの頃は麻酔銃とサバイバルナイフも持っていたな」


「それも皆に伝えなくては」


 鬼丸もまた生体端末カリギュラを通じて連絡をする。すると白井ユキから音声通話が入った。


『先生! その人達、校舎に入って来てますよ!』


 その金切声に、レディが飛び出して行く。鬼丸も慌ててその後を追いながら、人狼兄弟に指示を出す。


「しまった! ウォルフとシュトルムは地下室へ行け! リリとエメロードを連れて来い!」


「了解!!」





 残された篠宮達も顔を見合わせる。


 この中で戦えるのはサクラだけだ。それに六姉妹やカグラ達もどこにいるのかわからない。


「他の亜人デミも集めよう。居場所がわかるだけでも安心だ」


二花にか達はどこに?」


 一花の不安げな言葉に、サクラが返事をした。どうやら新校舎の実験室に隠れているらしい。


「アオバヤマ町の警備部は偽の位置情報に踊らされて、北の森へ入った。こいつらは新校舎の捜索はしないだろう」


「問題は賀蔵とか言う隊長の部隊ですね」


「鴫原校長によると、奴らは位置情報システムを使わずに私達を探しているらしい」


 一つ僥倖なのは、スタッフィーの出す偽の位置情報と賀蔵の部下が鉢合わせした白井ユキの場所を照らし合わせてない事だろう。


「照合すればすぐに位置情報が偽物とわかるからな」


「二つの部隊を協力させないようにしましょう」


 一花はグッと拳を握りしめた。





 つづく

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