第263話 いつか溶けてなくなる日まで


 一花は驚いて小箱とレディの顔を見比べる。


「ま、そういうことね」


「……先生もそんな事あるんですね」


「そうよ」とレディは笑った。自嘲気味な、どこか捨鉢な笑い方だった。


「生まれてこの方、想いが届いたことなんて無いわよ」


 一花はレディを恐れつつも美しいと思っていたので、彼女の言葉に驚いた。


「馬鹿ね。こんな鱗だらけの身体なんて、美しくなんかないわ」


「そんな事ないです。私なんか子どもだから、相手にもされなかった」


「アイツね。気づいてないだけじゃないかしら」


 ちゃんと伝えたら受け入れてもらえるかもよ、とレディは付け足したが、一花はふるふると首を振った。


「いいんです。だって今の篠宮先生の中には、サクラ先生への気持ちしかないから」


 あの花束を見た瞬間、今からサクラにそれを渡しに行くのだと気がついて、何も言えなくなったのだ。


「わかんないわよ〜。すぐに乗り換えてくれるかもよ」


「それはそれで、嫌ですね」


 揶揄うようなレディの物言いに、一花は素直に笑った。




 辺りが夕闇に包まれて、山の端に僅かに夕焼けの名残を残したころ、一花とレディはおしゃべりをやめた。


「愚痴はここまでにしましょう」


「はい、なんだかスッキリしました」


「あはは」とレディは笑い、顔を上げた。そしておもむろにチョコレートの小箱にかけてあるリボンを引き抜いた。


 箱が開かれると、風に乗って甘い香りが流れて来る。


 何をするのかと一花が不思議そうにレディを見やると、彼女は口の端を上げてニィッと笑った。


 そしてあろうことか、屋上から森へ向かって箱の中身をぶちまけたのだ。


「あっ!」


 小さなそれは風に飛ばされて黒い森の木々の間に紛れて行く。


「へへん。もう、知ーらないッと」


「ちょっと、レディ先生!」


「あなたもやってみたら? 気持ち良いわよ」


 一花はレディの顔と自分の持つ箱とを代わる変わる見つめると、ぐいっとリボンを外した。


 箱を開けると、昨日まで完璧に見えていたチョコレートがひどく不恰好に感じられた。


「——さよなら!」


 一花はそう叫ぶと、暗い夜の闇に向けて中身を放り投げた。


 一瞬、強い風が吹き、一花のそれは巻き上げられて飛んで行く。


 きっと、あのチョコレートは私の気持ちと一緒に、この森に溶けていくのだろう。


「いつか昇華して新しい恋になるといいわね」


 そう言うレディと二人肩を寄せ合って、二人はくすりと笑った。




 つづく


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