第262話 想いの届かぬ二人は
今まで何をしていたのかと鴫原校長に詰め寄られたが、渡していなかったものは仕方ない。
「花瓶ごと渡して来なさい」
「えっ、ちょ、何それ?」
校長に花瓶を渡されて背中までぐいぐい押されては篠宮も再びトライするしかない。
「……改めて、サクラさん受け取ってください」
「……わかった。窓際に置いておけ」
一花を案ずるサクラはどこか上の空だ。その態度に篠宮はちょっとだけがっかりする。
「サクラさんの頭の中は仕事の事ばっかりですか?」
「なんだ急に」
「ちょっとだけ花を眺めるとか、美味しいお菓子を食べるとか——無いんですか?」
「花など愛でる暇はない」
「サクラさん! 生きるってのはそう言うことも必要なんですよ!」
「何を怒っている?」
「怒ってないですよ!」
そう言いながらも篠宮は珍しく足音を立てて、荒々しくドアを閉めて出て行った。
「なんだアレは?」
ぽかんとして篠宮を見送ったサクラが呟く。鴫原校長が「ダメだこりゃ」と頭を抱えた。
夕闇に沈むアオバヤマ町を見下ろす場所に、一花はいた。
ここなら一人になれると思ってやって来たのだが、あいにく先客がいる。
「レディ先生……?」
一花の視線の先には大判のストールを肩からかけたレディがいた。迫る夕闇の中、黒い影にしか見えないそれは、いつもより細く、自信無さげだった。
ある意味ではお互い顔が良く見えなくて良かったのかもしれない。一花の声に振り向いたレディの表情は雲の多い夕焼けを背景に影に覆われていた。
「六姉妹の——」
「一花です。珍しいですね、先生がここにいるなんて」
もたれかかっていた手すりから少し体を離すと、レディも負けずに言い返した。
「あなたこそ珍しいわね。ここは旧校舎の屋上よ」
「……一人になりたくて」
レディの口が「へえ」と動いた気がした。声には出さなくても、今日の二人はお互い、どこか相手の事がわかるようだった。
一花がそっとレディに近づくと、彼女は顎で自分の隣を指し示す。一花は素直にそこへ行き、手すりをつかんで西の空に沈む夕陽を眺めた。濃い紫色の雲が多く、晴れやかな夕景とはいかないが、これはこれで今の気分にふさわしい気もする。
一花が片手に持ったままのチョコレートの箱に目を止めて、レディは苦い笑いを浮かべた。
「あなたも、なのね?」
一花はハッとして慌てて箱を背中に回したが、レディが綺麗な小箱を差し出したので、瞬時に理解した。
——レディ先生も、なの?
つづく
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