第261話 一花の場合


 一花いちかに呼び止められた篠宮は、彼女の姿を見つけると方向を変えて、一花に向かって来た。それを見て一花は嬉しくなる。


「しの——」


 けれど篠宮の手にピンク色の花束を見つけて、一花は呼びかけを止めてしまった。


 ——その花束は。


 はち切れそうだった一花の勇気が、急にしぼんでしまう。


 それには気づかず、篠宮はやって来た。


「なあに? 一花ちゃん」


「あう……」


 篠宮を目の前にして、一花は口をぱくぱくさせて言葉が出ない。


 その手の花束さえ見ていなければ。


 見ていなければ、勢いのまま想いを込めたプレゼントを渡せたのに。


 その桜色の花束さえ見ていなければ——。






「サクラさん!」


 勢いよく職員室に入って来た篠宮は入り口から一飛びに跳躍してサクラの側にひざまづく。


「これ、受け取ってください!」


 同時に可愛らしい花束を差し出した。


「な、なんだ急に?」


「さあ、気にせず受け取ってくださぁい!」


 ニコニコしながら花束を差し出す篠宮の顔を見て、サクラは不審がる。


 眉を寄せてジト目で篠宮を見ると、


「一花もお前を探していたが?」


 と聞いて来た。


「一花ちゃんなら、さっきそこで会いましたよ。『何でもない』って言ってどっか行っちゃいましたけど」


「……」


「それより」


「それより、じゃない! 一花は——」


 一花は何か篠宮に用事があったに違いない。もしかしたらサクラには言えない相談事だったのかも……。


「一花はどこだ? 探すぞ、篠宮」


「えっ? でもコレ」


「そこに置いておけ!」


 そう言うとサクラは篠宮を従えて職員室を飛び出した。





「どこにも居ないな」


生体端末カリギュラに連絡してますけど、返事が来ないですよ」


 学校の中を探し回り、思い当たるところに連絡をしてみたが、一花はどこにも居なかった。


 生体端末カリギュラの管理をする警備部のシステムに潜り込めばすぐにわかるだろうが、さすがに些細なことで侵入ハックするのは躊躇ためらわれた。


 くたくたに疲れて職員室に戻ってみると、篠宮の持って来た花束はすでに花瓶に生けられている。


「あっ、あれ〜?」


「ほっほっほ、しおれかけていたので、私が花瓶に移しました。綺麗ですねぇ」


「校長!」


 篠宮は鴫原校長に取り縋って泣きそうな声をあげる。


 ——サクラさんに渡す為の花束だったのに!


「な、なんて事を……」


「おや、まさかまだ渡していなかった、なんて言わないでくださいよ」


「渡していなかったです」


「何してたんですか⁈」



 つづく

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