第260話 カエデの場合


「ご機嫌ね」


 予約していた花束を受け取りに購買部へ来た篠宮に、カエデはちょっとだけ嫌味を混ぜてそう言った。


 篠宮はそうは受け取らなかったようで、ニコニコと返事をする。


「わかります? ご機嫌っていうか、ドキドキしてるだけなんですけどね」


 ——なるほど、高揚感か。


 カエデは鼻からため息を逃すと、花束を二つ、カウンターに置いた。


 一つはいかにも桜をイメージしたピンクの花束。もう一つはオレンジのガーベラを中心にした秋色のオーナメント。


 小さな籠に入ったそれを、篠宮は改めてカエデに手渡しする。


「いつもお世話になってます」


 ぺこりと頭を下げる篠宮の後頭部に、コツンとチョコレートの箱が乗せられた。


「え?」


「義理だよ。花束と交換のチョコだからね」


 箱が落ちないように手で押さえつつ顔を上げると、両肘でほおを杖をついたカエデが笑っていた。


 篠宮は小箱を掲げると、飛び跳ねるように喜んだ。


「いや、嬉しいです!」


「——あたしも嬉しいよ」


 少しだけ複雑な気持ちを隠しながら、カエデもそう答えた。


「サッサと持って行きなよ」


 もう一つの花束を篠宮に持たせると、背中を押してやる。スキップしながら去って行く彼の背中を見送りながら、カエデはこの花束を少しでも長く楽しみたいと心から思った。






「うん、美味おいしいよ」


 六花は一度帰宅してから、フォンダンショコラを焼いて、改めて学校にもって来た。ユニの部屋で小さなお茶会だ。


 まだ温かいケーキをユニは嬉しそうに口へと運ぶ。


 その様子をニコニコしながら六花は眺めている。


 ——やっぱり、焼きたてを持って来てよかった。






 六花とユニが二人でお茶会を楽しんでいるその窓の下を、一花が篠宮を探しながら通って行く。


「まったくもう、どこにいるのかしら?」


 いっそもう渡さずに帰ろうか、と考えた瞬間、遠目に購買部を離れる篠宮が見えた。


 ドキン!


 これマジで私の心臓?


 突然バクバクと動き出した心臓に驚きながら、私の心は心臓に有るのかなんて認識する。


 その鼓動は一花のもので、紛れもなく彼女の翼であって、その足を動かした。


 一花は走って——走りながら「篠宮先生!」と声を上げた。





 つづく

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