第239話 焦る心


「次回は植生やバクテリアの有無を調べたいところですね」


「ええ、出来れば『生物』が生存しうるのか、これは確実にしておきたいのです」


 鴫原校長が慎重に実験を進めたいのに対して、サクラは性急に過ぎた。


「なぜ、そんなに急ぐのです?」


「あ……」


「落ち着いてください。安全性の確保が大事ですよ」


「そう、ですね」


 校長に諭されて、サクラはハッとしたように身を起こした。前のめりになっていたのは気持ちだけではなかったのだ。食い入るように見つめていたタブレットの画面から体を離すと、急に視界がひらけた気がした。


「気持ちはわかりますよ。何年も成果が出なかった研究ですからね。だからこそしっかりと一つ一つ検証していきましょう」


 鴫原校長からの言葉にサクラは深くうなずくと、タブレットを片付け、帰り支度を始める。


「そういえば、篠宮君は下宿に帰ったそうですね?」


「……校長、突然何を言い出すんです。あたりまえじゃないですか」


「いえ、大きな家に一人では寂しいのではないかと思っただけです」


 ホッホッホと軽く笑い声を上げると、サクラが返事するより早く、鴫原校長は実験室を出て行った。


「寂しいもなにも、昔から一人なのに」





 外に出ると既に日は落ち、真っ暗な道に街灯が灯っている。いつしか白いものが舞い始めていた。


「また、雪か」


 白い息を吐きながら、サクラは誰もいない家へ向かって歩き出した。




 つづく

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