第237話 カエデの約束


 コンコンと窓を叩く音がして、中にいたカエデは購買部の窓を開けた。


「なんだ、また来たの? 教えないってば」


 そこにはへらへらと笑う篠宮が居たのだ。彼は手を振って否定する。


「違うよー、ウォルフの事はいいんだ」


「じゃ、何?」


 カエデが聞くと、篠宮はもじもじする。それを見たカエデはピンと来る。


「……君も花束を注文するワケ?」


「はっ、何でわかるの⁈」


 わからいでか。


 カエデは「ふーっ」とため息をつくと、タブレットを出した。


「これが値段と大まかなデザイン表ね。サンプルを基本に、花を足したり、変更したりして」


「はいはい」


 頬杖をつきながら、篠宮を観察していると、面白いほど表情がくるくると変わる。


 花の色を選んではやり直して、リボンの色や花を包むシフォン紙の色でまた悩んで——。


「いいなぁ」


 カエデは思わず呟いた。それを耳にした篠宮と目が合う。


 カエデは慌てて、欲しがっているわけじゃないと言い訳する。


「でもカエデさんにはいつもお世話になってるし、良ければ……」


 篠宮の申し出に、カエデの心はぐらつく。この機会を逃したら、もう一生男性からの花束なんてもらえないだろう。


 暫しの葛藤の後、カエデはしぶしぶ承知したふりをしながら切り出した。


「……それじゃあ、あたしもチョコレートを贈るよ」


 カエデは自分に「これは取引だ」と言い聞かせる。一方で篠宮の顔はぱあっと明るくなる。


「いやあ、一つでもチョコレートが確定すると嬉しいなあ」


「義理だよ、義理!」


 スキップしながら校舎に帰っていく篠宮を見送りながら、カエデは自分の浅ましさを悔やんだ。


「ああ、もう、ホントに馬鹿な自分が嫌になる!」





「これが『向こう』の全容だと言うのですか?」


 ひどく困惑した声は鴫原校長の物だ。


 渡されたタブレットのディスプレイには地図と思しき画像が映っている。


 サクラは一つうなずくと、説明を続けた。


「およそ86.767㎢。面積だけなら北海道と同じくらいですが、形状が変わっています。外周はほぼ円形。中央に巨大な穴が空いているのが見受けられます」




 つづく

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