第234話 カエデの店



「こんにちは」


 そう言って購買部の窓を軽くノックしたのは、滑らかな鱗を光らせるレディであった。立て付けの悪い窓をガタガタと音を立てて、カエデが顔を出す。


「珍しいね、何?」


「取り寄せたい物があるのよ。お願いできるかしら?」


「物による」とカエデは営業スマイルで答えた。それにすぐ入用なのかというのも料金を割増するポイントになる。


 カエデがレディの話を聞くと、町の外の有名チョコレート店のギフトだった。


「ははん。バレンタインね」


「笑わないでよ。いくらかかりそう?」


 カエデは頭の中でソロバンを弾く。値段だけじゃなく、レディか贈る相手は鬼丸だろうとか、サクラにどれくらいプレッシャーがかけられるかとか、相手が篠宮君のわけないよな、とか一瞬のうちに弾き出す。


「良いよ、手数料はおまけしてあげる——」


 サクラへの嫌がらせになるなら『おまけ』してあげるのも苦じゃない。


 カエデはにこやかに引き受けた。




 レディが去った後、入れ替わりにウォルフがやって来た。


 背後を気にするようにこそこそとしている。


 ——きっと秘密の買い物ね。


 若い男子ならそういう事もあるだろう。カエデは良き理解者の顔をして窓を開けた。


「えっ……とお、花束を注文したいんだけど」


 これは予想外。

 カエデは内心驚いて、誰かの誕生日が近かったか頭の中で検索する。


 ——該当者無し。


「……誰かの記念日かな?」


「いや、何つーか、二月十四日に受け取りに来たいんだけど、その日に届きそうですか?」


 あらあら、こちらもバレンタインの贈り物ね。


 カエデはタブレットを出してウォルフの希望する花束のイメージを入力していく。


「へえ、うん、なるほど。大人っぽい感じね」


 カエデは微笑んだ。




 つづく

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