第172話 レディの罠


 森の中を流れる人工の清流を、エメロードは流れに乗って移動していた。


 リリが居なくなって不安だが、水の中は安全地帯だ。長く潜っていれば、簡単には見つからないだろう。


 木陰が水面にかかる場所を見つけると、エメロードは陽射しを避けるように川岸に出て来た。


 下半身を水に浸しながら、ふう、とため息をつく。


『もう、本当に邪魔だなぁ』


 レーザーライフルを持って水中を進むのはなかなかに難しい。広くて深い場所ならばもっと楽なのに、とエメロードは思った。


「エメロード」


 名を呼ばれてハッと顔を上げると、真上の樹の上に寝そべるようにしているレディを認めた。


『レディ先生』


「まずは、おめでとう。ウォルフを倒すなんて、驚いたわ」


『偶然です。リリがいなかったら、勝てませんでした』


 レディはするすると樹から降りて来ると、エメロードの側に座った。二人の鱗が妖しく光る。


「エメロードにはこれ以上、川下に移動しないよう、お願いに来たの」


『ここで待機ですか?』


 エメロードは、常に移動しなければ誰かに狙われそうで怖かった。


「大丈夫。私がここに一人連れて来るから——その人を倒して欲しい」


『出来るでしょうか?』


 不安そうな彼女に、レディは優しく微笑みかけた。


「出来るわ。遠くから、狙うのよ」





 サクラを強襲した篠宮は、一人寂しく森の中を歩いていた。


 しかしその足取りはしっかりとしていて、希望に満ちたものである。改めて篠宮はサクラに勝って、その唇を奪う事を心に誓った。


 ちなみに実際にそれを要求すれば全治二ヶ月の傷を負わされる事は間違いない。


 と、そこへ——。


 微かな香りが漂って来た。


「この香りは……」


 篠宮が嗅いだ事のある香り——ムスクの香水のは、黒羽リリがいつも身につけている物だ。


「リリちゃん?まだ森の中にいるのかな〜?」


 目をハートにして、篠宮はスキップしながらムスクの香りに誘われて、さらに森の奥へと進んで行った。




 つづく


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