第146話 そして闖入者は去る



「つかっちゃん」


「あ、よっくん!話は終わった?」


「まあね」


 義久は、一人で職員室にいた篠宮に声をかけた。


「もう帰るの?泊まってけば?」


「冗談でしょ。つかっちゃんの神経を疑うよ」


 義久は鴫原校長には見せない顔で笑った。そしてすぐに真顔になる。


「今回は全部つかっちゃんの仕業しわざって事で報告しとくから。跡取りのした事なら、他の部署も目をつぶるさ」


「げっ?親父に知られるの?」


「それくらい我慢しなよ。僕はこんな古い研究所は解体したいけどね」


 それを聞いた篠宮は、ぱっと立ち上がると、義久に詰め寄った。


「ダメだよ!ここには住んでいる人もいるんだから」


 義久は篠宮の剣幕にひいて、所在なさげに頭をかく。


「困らせないでよ。それに今回だけだよ。次はないからね」


「よっくん……」


「それと、『貸し』一つね」


「うん、わかった。俺に出来ることが有ればなんでも言ってよ」


 篠宮の返事を聞いた義久は満足気に笑った。義久の『貸し』は必要な時に最大限相手を利用する為のものだ。


 こんな田舎まで出向いたのだ。しかも情報管理課の課長の自分が、手ぶらで帰るのだ。篠宮つかっちゃんは子どもだ。自分が負わされたものがどれだけ大きいか、気付きもしない。





 アオバヤマ町の出入口で、義久は警備部の日和田に預けたIDカードを受け取る。


「お役に立てましたでしょうか?」


 日和田は本社から来たエリートに、ぎこちなく質問した。義久はふん、と鼻であしらうと運転手に向かって「行け」と顎で示す。


 黒塗りのリムジンは滑るようにゲートをくぐる。内心ムカついている日和田は部下たちと揃って見送るだけだった。




「あまり成果が出ませんでしたね」


 それまで無言だった運転手が口を開く。義久は窓から見える青々とした樹々の景色を眺めながら、それに答えた。


「そうでもない。僕は今回初めてあの研究所を知ったが、あんな無駄なものは早く処分した方が良いと、認識を強くしたよ」


 義久はゆっくりと脚を組み直すと、片膝を両手で抱えた。柔らかい背もたれに身体を沈めながら、ため息をついた。


「あのアホをどうにかしなければ」





「篠宮」


「あっ、サクラさん」


 サクラが声をかけると、懐いた犬みたいに篠宮が駆けてきた。決して可愛い犬ではないが、こうやって自分に近づいて来る奴は珍しいのかもしれない。


 サクラは久しぶりに外の人間に会ってそれを自覚した。そしていくらか感傷的になって、柄にもなく篠宮の心配をする。


「悪かったな。全部お前の責任になってしまって……」


「いや、全然平気っす!みんなの為ならエンヤコラです!それより、生体端末カリギュラの方は大丈夫ですか?突然βのみんなが動かなくなって……」


 篠宮の言葉に、サクラはアラートが鳴った時の不快感を思い出した。今、思い出しても腹立たしい。


「ああ、大丈夫だ。心配かけたな」


「いえ、動けないならサクラさんに触るチャンスだと思っ——」


 バキィ!!


 サクラは篠宮の顔すれすれに鉄拳を放ち、それは彼の後ろのロッカーをひしゃげさせた。


 今日くらいは殴らないでやろう。


 青い顔をしている篠宮を残して、サクラは職員室を出たのだった。




 つづく

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