第145話 それだけで価値がある


「危険だね。あれ程の花火を作るくらいだ。同量の火薬を別の物に使う事も可能だ」


 義久は冷たい笑顔で篠宮を見た。


「何をする気かな?セキュリティをかいくぐって持ち込んだ物で『爆弾』を作るのも造作もないだろう」


 篠宮はキョトンとしている。


「よっくん、何言ってんの?」


 相変わらずとぼけたことを言う篠宮に、ついに怒りを抑えられなくなった義久が机をバンと叩いた。


「いい加減気づけよ!ここに居る亜人デミは危険なんだって」


「危険じゃないよ!よっくんこそわかってないなー」


「何が?」


「サクラさんは——」


 なんだ?つかっちゃんは何を言い出すのだ?


 義久は我知らず固唾を飲んだ。




「サクラさんは、綺麗だろう」




 がたがたがたっ。


 篠宮以外の全員がコケた。


「お、お前は何を考えとるんだ!」


 顔を真っ赤にしたサクラが立ち上がりながら怒鳴った。


「サクラさん、そんなに照れなくても」


 篠宮がニコニコしながら手を振る。サクラはますます顔を赤くして叫んだ。


「そもそもお前の花火のせいだろうが!!」





 義久の前に香りの良い珈琲が出される。割と趣味の良いカップは、鴫原校長が来客用に用意した物だ。


 義久はそれを手に取ると、口元に寄せて温度を確かめると、珈琲を口にした。


「……今回は、全て篠原司のした事——として処理しましょう」


「ありがとうございます」


 鴫原校長もそれを受けた。だが義久は更に言葉を続けた。


「一つ貸しだ。それは忘れないでいただこう」


「承服いたしかねますな」


 鴫原校長の返事に、ムッとした義久はやや乱暴にカップを置いた。その音に鴫原校長は眉をしかめた。


「図々しいね。こちらは騒ぎのもみ消しと、本社からわざわざ僕が来ているという事とを加味しても、もう少し愁傷な態度を取って欲しいところだ」


「ここはすでに放棄された研究所の名残にすぎません。それこそ棄てたのは貴方の伯父上でしょう」


「あの人のことは関係ない。それに毎年維持費はかかってるんだ。Shinomiya の所有物には違いない」


 鴫原校長は疲れたようにため息をついた。


「土地も建物も、研究成果も全てあなた方のものでしょう。されど研究が終わった今は、ここは彼らの安息の地なのです。我々は目立ちたいわけではない。暮らしていたいだけなのですよ」


「それに」と校長は続ける。


「貴方の言う『貸し』を返す手立てがありません。ここは期待されない場所なのです」


 そう言われた義久は、組んでいた脚を解いて前のめりになる。


「では、僕の言う『貸し』は別の人に背負ってもらう」




 つづく

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