第135話 夏の終わりに


 一方、プールサイドでも線香花火がひとしきり花開いていた。初めは、わあっと喜ぶ亜人デミ達も、光を失いつつ、ほとりと落ちる紅火の玉に切なさを覚えた。


「なんか、寂しいな」


 ウォルフが身体に似合わぬ言葉をもらす。


『私はこのくらいの花火が良いです。小さくて、怖くない』


 エメロードがそう言えば、リリも口を出す。


「トキワは良いものを作ってくれたな。エメロードにも楽しめる花火だ」


 レディが少し大人の表情かおでその三人を見守っている——その反対側では六姉妹のうちの五人と篠宮が線香花火を楽しんでいた。


「この花火は寂しいですね」


「祭りが終わっちゃうからかしら?」


 篠宮の手にはまだ数本の花火が残っていたが、彼はそれには火をつけずに立ち上がった。


「篠宮先生?」


 一花いちかが胸にざわつきを覚えながら問いかける。


「ちょっと、行ってくる!」


 そう言い残して、篠宮はプールサイドから駆け出して行く。その背中を見送りながら、一花はため息をついた。




 篠宮は数本の線香花火を握りしめて、後片付けにごった返す屋台の通りを走って行く。


 たぶん、が居るのは校舎の陰とか、真っ暗な校庭の端っことか、そんな場所だ。きっとそんなところからみんなを眺めていたのだ。


 ——いた!


 やはり、花火を見終わって帰路に着く人々を見送るようにその人は校舎の陰にいた。

 篠宮はそっと後ろから彼女に声をかける。


「カエデさん、花火、しませんか?」






「なんだいコレ?」


「線香花火っていうんです。ほら、ここ持って」


「ほう、これはまた可愛かわいらしいね」


 暗い校庭の隅っこで、篠宮はカエデと花火をしていた。


 オレンジ色の光にカエデの顔が明るく照らされる。


「……なんだって、君はあたしと花火なんてしてるんだい?」


「あはは、なんででしょうねー」


 本音は、さっきの別れ際に寂しそうに見えたから、であるが、それを篠宮が口にすれば、カエデは帰ってしまうだろう。だから篠宮は言葉を濁してごまかした。


 一際大きくオレンジ色の花が瞬いた時、カエデはポツリと呟いた。


「あたしはアイツの妹なんだ」


「あ……その話、本当ですか?」


「まあね」


 ジジジとじりつく音を立てて、線香花火は丸い玉を作る。少しだけ菊の花に似た火花が飛んだ。


「だけど、実験に成功したのはアイツだけ。あたしは失敗作で見向きもされなかった」





 つづく

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