第131話 カナエ、独りの戦い


 カナエは男の子に手を掴まれたまま——気がつくと暗い森の前にいた。今にして見れば、男の子はぼんやりと淡く光を発していて、身体のふちけている。


 でも、実感がある。


 繋いだ手は暖かくてふっくらとした子供の手だ。


 ——ああ、とうとう我も呼ばれたのだ。皆の所へ行くのだ。


 と、カナエは感慨深げに思った。


 幼い頃から、カナエは幽玄の世界と接する能力を有していた。それは有翼人エンジェリック・ドミネイトの実験によって付与された望まぬ能力であった。


 カグラがエネルギー体を結晶させて黒い翼を持つのに対して、カナエのそれは死者との接触である。


 ましてや実験場であるここには、数多の犠牲者が生まれた場所でもあるため、カナエは子どもの頃から死してなおこの世に止まろうとする異形の者を目にしてきた。


 そして呼ばれもした。


 我の力はそれだけ。


 異形の者を見て、声を聞く。


 カグラが翼を持ち、刀を使ってそれらをあの世に送ってやるのとは違い、カナエはそれしか出来なかった。


 我の方こそ、失敗作であったな。


 いつか一花いちかに言った言葉を、カナエは思い出していた。


「お姉ちゃん、みんな居るよ」


 男の子の言葉に顔を上げると、夜空に広がるもやのようなそれらが、一つの異形となり、しかし口々にカナエを歓迎していた。


 ドロリとした粘性のそれは、じわり、とカナエに近づく。


 ——これは、異界の物。普通ならばこの世の物には触れられないはず。


 そう、彼女が考えた時、目の前に盛り上がったが見えた。まるでカナエを抱きしめるかのように包み込んで来る。


 ——……やはり、我は逃げられぬか。


 実感がある。

 感触がある。


 少しだけ、泣きそうな顔をしたカナエの顔を見て、男の子が声を上げた。


「お姉ちゃん!逃げて!」


 ハッと目覚めたかの如く、カナエは身を引いた。粘性のそれは逃すまいと腕のように体の一部を伸ばしてくる。


 右腕をつかまれた。


 ——嫌だ。


 つかまれた部分から怖気おぞけが這い上がってくる。カナエは身震いをした。


 異形のそれはモヤモヤと盛り上がり、再びカナエを飲み込もうと広がった。そこへ——黄金色の光が差し込む。


 パーン!


 少し遅れて、軽い破裂音。


 その音が響き渡った瞬間、カナエをつかんでいたドロドロがはじけた。


 急にはじけたので、カナエは尻餅をつく。


「きゃっ」


「お姉ちゃん!!」


 助け起こそうと男の子が走り寄る。今度は寄り添う二人を丸呑みにしようと、粘性の塊は大きく盛り上がった。


 ——喰われる!


 二人が目を閉じて覚悟したその瞬間、今度は空に青い光が広がり、再びパーンと小気味良い音が鳴り響いた。


 音は見えない盾となって、カナエと男の子を異形のものから護る。見えない盾に弾かれて、またもやドロドロとしたそれは飛び散り、崩れた部分は光の粒子になって、霧散する。


「⁈」


 驚いて目を見開くカナエを、男の子は立ち上がらせる。二人は寄り添ったまま、異形の塊から目を離さずに後退りする。


 どうやら、空に響く花火の音がそれを散らしていくようである。


「……何故なにゆえ、我を助けた?」


「……」


「お主は、彼奴やつららの一部であろう?」


 カナエは、彼女をここまで連れて来た男の子が、異界の者であり、目の前のドロドロと同じ存在であることに気付いていた。


「……わかんないよ……」


「……そうか。だが感謝するぞ。我はあの音で目が覚めた。あの花火の中にはな、『鳴玉』という物が入っているのじゃ」


「なりだま……?」


「うむ、それはな——」


 蠢く粘性の塊——いやこの地に留まる、実験で失われた生命の怨嗟と悲しみという死者の念が、再びカナエを捉えようとした。両手を伸ばすかのように、二つの触手を盛り上げて作り、カナエ目掛けて伸ばしてきたのだ。


 そこへ桃色の光が花開く。

 その光と小気味良い音とを背に受けながら、カナエは言い放った。


「それは、邪払いの音じゃ!!」




 つづく

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